AI時代の情報教育

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喜多 一

京都大学 国際高等教育院 教授。
京都大学大学院 工学研究科 電気工学専攻 博士後期課程 研究指導認定退学、工学博士。専門分野はシステム工学、情報教育。

1.    前進しながらも課題の多い情報教育

 

新しい学習指導要領では小学校からプログラミングが取り入れられたり、現在は2科目から選択履修となっている高等学校での教科「情報」を必履修の情報 I と選択の II の二階建ての構成としたりするなど、情報教育の強化が示されています(平成29・30年改訂 学習指導要領)。大学レベルでは文部科学省が拠点校や協力校を選定するなどデータサイエンス教育の強化の取り組みも始まっています。

一方で、教育の実情に目を向けると、例えば 2003 年度に高等学校で普通必履修科目として導入されましたが、その後、この科目での未履修問題が発覚したり、必ずしも適切とは言えない教員配置が行われていたりなど、学習指導要領で意図した目標の達成には問題が山積しています。中学校ではすでに技術・家庭科でプログラミングが必修とされているのですが、皆さんはその実感をどこまでお持ちでしょうか?

大学での情報教育は、情報系の学部・学科など専門としての情報教育とすべての学生が学ぶ一般教育としての情報教育があります。高等学校での教科「情報」 の導入以前から、一般教育としての情報教育が行われており、現在でも多くの大学で半期1コマ程度の科目として必修に近い形で情報教育が実施されています。

これは、教育現場へのコンピュータやネットワークの導入に伴い必要に迫られて導入されたという面もあるかと思いますが、大学教育で一定の時間数を情報教育に割り当てているという点では評価してよいのではないでしょうか。ただし、その内容は、いわゆるオフィスツールなどパーソナルコンピュータの操作教育に重きがおかれているという実態や必ずしも情報系を専門としない教員が担当していることも少なくないなど、情報教育をいかに高度化するかという課題があります。

電子式のコンピュータが開発されてから、70 年以上が経ちますし、いま小学校~大学で学ぶ児童・生徒・学生は生まれたときからインターネットを含めデジタル技術に囲まれて育ってきています。しかしながら長い歴史を持つ学校教育の中で「情報」はまだまだ新参者扱いです。学校教育のカリキュラムの設計はいわば科目間での学習時間の奪い合いです。「情報」の教育をしろ、というのは簡単かもしれませんが、「ならば何を削るの」と言われたときに、入試という点からも正当化され、強力な既得権ともいえる国語、英語、数学、理科、社会など主要教科に切り込むことは容易ではありません。

情報技術を扱う学会として情報処理学会があります。この学会では情報処理教育委員会という委員会を置いて情報分野での教育にも注力しています。この委員会の下には、5領域を設定して専門教育のカリキュラムなどを検討する委員会を設けるとともに、初等中等教育や大学での一般教育としての情報教育(以下、一般情報教育と言います。) を検討する委員会も活動しています。今後、データサイエンスに関する委員会の設置も検討されているようです。

このうち大学での一般情報教育を扱う委員会では、教育で取り扱う内容についての知識体系(GEBOK, General Education Body Of Knowledge) を提唱しています。

また、これに準拠した教科書も委員を中心に執筆、出版されています。2007 年に提唱された GEBOK07 から 10 年を経て、情報系専門分野の カリキュラム標準の改訂と併せて知識体系を改訂し GEBOK2017.1として公表しました(https://www.ipsj.or.jp/annai/committee/education/j07/ed_j17-GE.html)。私もこの改訂作業に参画させていただきました。現在、これに沿った教科書の出版も予定されています。

新しい知識体系では 07版では扱われなかった「人工知能(AI)とデータ科学」というエリアを新たに加え授業2回分に相当する(コア授業時間: 4,授業外学習時間[1]*: 8)の内容を提唱しています。

ただ、情報系の専門家を会員として活動している学会から、必ずしも情報分野が学術研究上の専門ではないが大学での一般情報教育を実際に担当されている先生方への橋渡しは十分であるとは言えない実情もあります。教育現場への浸透が課題です。

なお AI と関係の深いデータ科学の教育という側面からは統計教育との接続も関連します。初等中等教育でも統計に関する内容の扱いが強化されていますし、すでに多くの大学では統計教育が行われています。データ科学の教育は従来の情報教育や統計教育と接続しつつ、いかに AI の教育としても展開するかが問われています。

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1* 大学の授業については文部科学省令「大学設置基準」で「一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容をもつて構成することを標準」と定め、このうち「講義や演習」の科目については「十五時間から三十時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもって一単位とする」とされています。多くの大学が授業時間15時間で1単位を発給していることから、GEBOK2017.1 では授業時間外学習は授業時間の 2倍行われることを想定しています。

2. AI 時代に何を学ぶべきか

 

2.1.    情報教育で AI をどう取り上げるのか

専門として情報について学ぶ高校や大学の教育を除いてAI に限らず情報についての学校教育の機会はとても限られています。また多くの方には AI 以前に、コンピュータが何をどのように実現しているのかそのものを知ってもらうことが学習の課題であると思います。

情報技術は複雑な人工物を構成する技術ですし、他方でその汎用性から広く社会で使われています。このため、情報教育では さまざまなことを学んで頂かなければなりません。技術的な詳細に立ち入ることも難しいため、学習の目的を明確にし、ポイントを押さえた形でいかに学んでもらうかが重要です。

2.2.    GEBOK で取り上げた事項

GEBOK2017.1 で新しく設けたエリア「人工知能(AI)とデータ科学」では、この話題について多角的な視点で考えて頂けるよう以下の 4 項目に整理しました。

1.    人の知と機械の知
2.    現代社会における人工知能(AI)・データ科学への期待と課題
3.    人工知能(AI) の仕組み
4.     自動化とロボティクス

まず、1. では人間の脳や神経系の働きを踏まえて知的な動作をする機械の実現に向けての人工知能研究の発展を概観することを取り上げました。2. では近年、人工知能やデータ科学が注目される社会的背景や危惧される課題などを知ってもらいます。3., 4. は人工知能の仕組みについての内容です。これを大きく機械を用いて推論を行う仕組みの話題と、実世界で機械を自動的に動かすことの2つの視点からの話題とに整理しました。

GEBOK では、書式の制約上、あまり詳細には記述していません。以下では、まず 3., と 4. に関連して私なりの考えを述べ、2. の中でも重要な課題になる倫理的な問題に触れます。

2.3.    推論を機械で実現する

AI の中核は機械で推論を実現することにありますが、我々が何かを推論する方法は大きく、演繹、帰納とアブダクションに分かれます。

2.3.1.  演繹―理詰めの推論で AI を実現できるか

演繹は数学を構成している推論方法で、正しいと設定した仮定(公理)と推論規則から定理を証明して行く推論方法です。この方法では推論を深く展開することが可能ですし、三平方の定理が無限のバリエーションをもつ直角三角形全体について成り立つように、有限のステップで無限に含まれる事例に適用できる定理を証明できてしまいます 。

計算の能力や利用できるデータが限られていた時代には計算機を用いて演繹的な推論を行う方法が人工知能研究の中心でした。このような研究を例えるならば、コンピュータによる「詰将棋」です。詰将棋は敵の可能なすべての手に 対して勝利できる手を探る問題ですが、これをすべての場合を網羅する形で機械的に探索することを考えると分かりやすいでしょう。

このほか、少し毛色は異なりますが、計算機を用いた数値シミュレーションも演繹的な推論と言えます。シミュレーションでは対象の数学モデルを仮定して、それに数値計算を適用することで、例えば将来の予測などを行います。ただし数学の定理とは異なり、1つのシミュレーションは1つの事例にすぎないことや、現実の詳細を捨象した数学モデルが妥当なのかといったことが問題になります。

演繹的な手法にはいくつか課題があります。

その1つは、推論の出発点となる仮定としてのモデル(数学でいう公理)がどこまで妥当なのか、ということです。現実的な問題についてはこのモデルの構築が難しいのです。

もう一つは推論に必要な計算量が容易に実行不可能なまでに増大してしまうということです。先に詰将棋の例を挙げましたが、囲碁や将棋といったゲームは原理的に必勝法を探索できるものです。しかしながら必勝法の探索のために先読みすべき手数が爆発的に増大するため、現実的には演繹的推論が使えないのです。

近年、コンピュータによる囲碁や将棋が人間に勝てるようになりましたが、これは、必勝法の探索だけでなく、膨大な手数をコンピュータどうしで対戦しつつ、そこから見込みのある手を学習する帰納的な推論が成功しているのです。

2.3.2.  帰納―経験から学ぶことで AI を実現できるか

一方で、現代の人工知能技術が依拠するのは帰納的推論です。帰納的推論とはデータからそれを説明できる命題(仮説)について「たぶんこうであろう」という形で行う推論です。

これまでに手に入れているデータに適合しているだけですので、仮説が絶対に正しい、ということはできません。自然科学が依拠するのはこの帰納的な推論で、観測や実験データに適合する仮説を探求して行きます。それまでの仮説では説明のつかない現象が発見されると仮説のほうが修正される形で科学が発展してきました。現代の人工知能技術の主流はコンピュータを用いて帰納的な推論を行う機械学習です。これについては、脳・神経系での情報処理・学習のメカニズムとも関連が深く、長い研究の歴史 があります。

しかしながら、インターネットなどを介して大量のデータが利用できるようになったこと、1秒あたりに実行できる演算回数などの性能が何桁も変わるほどコンピュータ技術が進歩したことに、深層学習などの手法が開発されたことが相俟って、それまで難問とされていた様々な課題について、大幅な性能向上がはかられ実用に供されるようになりました。このことが昨今、人工知能が注目されている理由です。

しかしながら、重要な視点はあくまで機械学習の原理は帰納的推論であり、適切なデータがなければコンピュータはいかなる判断もできないということです。

分かりやすい例を挙げると、各種センサの値からビルでの火災を検出する装置を作ることを考えます。正常な状態のデータは大量に取得可能です。一方、対象とするビルの火災のデータは存在しません。なぜなら、火災は通常、めったに起きませんし、起きればビルそのものが使えなくなります。

ですので、このような応用に、帰納的な推論を行うAIは単純には適用できません。言われてみれば当たり前のことですが、AI について盲目的な期待を持つことの問題を示しているという点でとても重要な視点なのです。

2.3.3.  アブダクション―ホームズの AI 化?

もう一つの推論方法としてアブダクションと呼ばれる手法があります。

これは限られた事例から、「そうかもしれない」という尤もらしい仮説を出す形の推論で、シャーロックホームズの物語の中で主人公が来訪客を驚かせる推論がこれに当たります。限られた事例ですので適合する仮説はいろいろ考えられる点が、ある仮説について数多くの事例で検証を行う帰納とは異なっています。これについての機械化はこれからの課題です。

2.4.    ロボットが街にでる

現代の AI のもう一つの大きな話題は実世界で自動的に動く機械が開発されてきていることです。

最も大きな話題は自動車の自動運転ですが、このほか、無人の軍用機など AI  兵器も大問題です。それ自身の判断で動く機械、いわばロボットが、人を死に至らしめるような被害を生み出してしまいかねないのです。

2.4.1.  ロボット・人・情報教育

実世界で稼働する機械の自動制御に加え、人が行う意思決定、そして人間と機械の協調に関しては、計算機科学の黎明期に「サイバネティクス」として、機械と生物を情報や制御などの視点で包括的に考えていた経緯はあるものの、その後の情報技術の発達の中で、これらを扱う学問分野と計算機科学との距離が開いてしまいました。

情報教育は計算機科学を中心としてカリキュラムが検討されてきたため、実世界で動作する自動機械の話題は影が薄いと言わざるを得ません[2]**。AI を利用した自動運転やロボットなど実世界に直接関与する自動化された機械について、どのような教育を行うべきかを意識的に考えて行くこと自体が問われています。

2.4.2.  ロボットが街に出ることの何が問題なのか

すでに世の中で自動運転されている機械は少なくありません。

エレベータや新交通システムなどはすでに自動運転されている例ですし、旅客機でも自動操縦が活用されています。工場でもさまざまな形でロボットが利用されています。これらを含め、機械を自動で動かすということはどういう技術なのか、ということを踏まえ、すでに自動化が行われているものと現在、議論になっていることはどこが異なるのか、という視点をもつことが技術を批判的に理解する上で重要になります。

これまでの自動化と現在、検討されている自動車の自動運転などとの最も大きな相違は、実は自動機械そのものより、それが動作する環境が相当異なっているという点です。

自動運転車は一般の公道を走行することを目指しています。そこでは他の自動車、自転車や歩行者が存在し、道路の状況も時々刻々 変化します。走行経路が確保、保護され障害物の発生をほとんど想定しなくてよいエレベータや新交通システムなどと異なり、自動車の自動運転ではどのような事象が生じるのかを想定することが格段に難しくなります。

また、自動化された機械とそれを運用する人間との協調についても課題があります。航空機は自動操縦を使いますが、相当の訓練を受けたパイロットが地上の管制官とも連携しながら運用しています。これに対して自動車の自動運転では自動運転との協調について必ずしも十分に訓練を積んではいない一般の方に運用が委ねられます。このため人間と自動化された機械との協調動作もさまざまな課題を抱えてしまいます。

2.5.    機械による行為と倫理

情報を人に提示し、最終的な判断を人に委ねる形のシステムにせよ、直接、実世界での動作を機械が行うシステムにせよ、人工知能など高度な情報技術を用いたシステムが不適切な動きを行った場合を想定すると、この問題にどのように対処するのかは極めて難しい課題となります。

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2** 中学校の技術・家庭科では「技術」という科目の性格からプログラミング対象として「計測・制御」が取り上げられていますが、学校での情報教育としてはこれだけが孤立している感があります。

 

2.5.1.  機械の責任って何?

機械を使用している現場の人間にとっては実際には多くの機械の動作はブラックボックスになっています。機械の使用者と設計者が異なるため、使用者は機械の動作に責任を持つことが難しいのです。

もちろん、これまでの技術でも同様の問題は抱えています。しかしながら、演繹的に設計されたシステムは機械学習などを通じて帰納的に設計されたシステムに比べて動作の推測や検証が行いやすいと言えます。また、機械学習を用いることで高度な機能を実現できるようになったがゆえに、従来技術では実現困難な状況での利用が機械に期待されてもいます。法的には、製造物責任という形ですでに利用の場で生じる事象については、適切とは言えない利用までを含めて、製造者が一定の責任を負わされています。

しかしながら、AI などの応用に関して、今後、このような考え方だけで十分なのかということも問われます。

2.5.2.  べからず集から未来を開拓する教育へ

すでに情報教育では情報セキュリティや情報倫理といった社会的な状況で生じる課題についての教育が重要となっています。

背景的な課題への理解を求めることもこの領域ではとても重要なのですが、現実的な必要性から、ややもすれば、やってはいけないことが列挙される「べからず集」を伝えることに陥りがちです。

しかしながら、高度に自動化された機械により生じる問題については、現時点でyes/no を明言することが難しく 、技術の進歩や応用の拡大と並行して「走りながら考える」ことや、「それを可能にするためには何が必要か」ということそのものを考えることが求められます。

参考になる例として、薬の治験があります。治験では、その効果を科学的に検証するために、薬効を持たない偽の薬を実際の患者に投与しています。もちろん、本人の了承は得ているのですが、効かないことが分かっている偽の薬を患者に投与するという行為が社会的に受容されているのです。このことなどを参考例に、メタレベルの視点をもたせる倫理教育が必要になっているともいえるでしょう。

 

3.    情報技術とその使い方

 

 

3.1.  情報技術ほど使い方の分からないものはない

情報技術の面白くて難しい点はその技術の汎用性ゆえに、「使い方が分からない」ということです。

インターネットの普及とともに電子メールでのコミュニケーションがその主要な利用方法の一つとなりました。また、計算能力が限られていて実用性がどこまであるのか問われた初期のパーソナルコンピュータでは、多くの人々が その上でのゲームを楽しみました。情報技術はそれに触れた人々が、技術に触発されて自身の興味やニーズに合わせる形でその利用を開拓して行きます。

これらは決してコンピュータを作る技術者が開発当初に想定していたことと同じではなく、異なっていることが少なくありません。

3.2.  AI を恐れる前に実際の活動・課題のなかで使い方を考える

情報教育では「情報技術をどう使うかはユーザに委ねられている」ということを意識してもらうことも重要であると言えます。それぞれの視点で、何が課題なのか、情報技術で何ができると嬉しいのか、という問を持つ こと自身が重要なのです。

情報技術の中でも AI は、それにより人々の仕事が奪われるという懸念が先行しているようです。技術の進歩が人間の人生より速い現代社会 においては、突然のように自分が従事してきた仕事が消滅する、ということは実際生じています。以前、写真植字工をされていた方に出会いました。印刷の上流での版下作製はパーソナルコンピュータの普及によってユーザの仕事に変わってしまい、版を組むという仕事そのものが消滅したのです。

しかしながら、実際の世の中とそこでの課題を見て、AI やロボットなどの技術を使うべき場所を探る、現実を踏まえて AI で支えられた将来の社会を主体的に描けるようになる、という視点を持つことが重要ではないでしょうか。

例えば、我が国は今後の人口減少に直面しています。山地が多く、降雨や降雪も多い国土を結ぶ道路などのインフラストラクチャーの維持は人口減少社会において、いかに少ない人手で実現するかが問われています。ここではロボットを中心にさまざまな人工知能技術の利用を通じて、限られた労働力で その維持を果たさなければなりません。

また、資源の有効利用と環境保全のためリサイクルの推進が求められていることは多くの方が認識されていると思います。

しかしながら、製品が製造されてから使用が終わりリサイクルに回されたり、廃棄されたりするまでのライフサイクルの視点でみると、困ったことに気づきます。製品の製造は環境が整備された工場内で品質の保証された部品を使って行なわれます。これに対して、現場での使用を経てリサイクルされてきた製品を解体し、部品などを再利用に回す作業は多様な利用状況の中で傷んだ製品を扱わなければなりません。このため前者に比べ、後者は機械化が難しいそうです。

今の技術のままでは新品の製造は快適な工場でロボットが行い、汚れて危険も伴うリサイクル作業がその困難さゆえに人間の仕事として残るという皮肉な未来もあり得えます。リサイクル作業を改善するためには、完全な自動化ではなくとも、AI なども活用して作業の機械化を実現しなければなりません。

これらのことは実際に状況を知らなければ問題があることを認識できません。また、技術の利用可能性に気づけるだけの AI やロボットの知識をもたなければ、新しい利用を発想することができません。

持続可能な開発目標(SDGs)が注目されていますが、実際の社会で何が課題なのか、それに AI やロボットを含めた情報技術が応用できるのかという視点に立ち、能動的かつ批判的に考えられるような人材を育成することが求められます。

汎用的な技術である情報技術について、さまざまな立場の方がその応用を考えられるようにすることは一般教育としての情報教育の大事な使命と言えると思います。

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喜多 一

京都大学 国際高等教育院 教授。
京都大学大学院 工学研究科 電気工学専攻 博士後期課程 研究指導認定退学、工学博士。専門分野はシステム工学、情報教育。