UXデザインの変遷と未来

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反中 望

反中 望

株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクトデザイン室 グループマネージャー
東京大学文学部卒業後、同大学院学際情報学府修士課程修了。システムエンジニアを経て、2008年に株式会社ビービットに入社。金融・教育・メディア等、様々な企業のUX・デジタルマーケティングのコンサルティングに従事。2015年に株式会社リクルートテクノロジーズ入社。『ゼクシィ』『SUUMO(スーモ)』をはじめとするウェブサービスのUX改善・戦略立案を担当。2018年より現職。共訳書に『行動を変えるデザイン』(オライリージャパン、2020年)。

1. はじめに~UXデザインとは

 

UXデザイン(ユーザーエクスペリエンスデザイン)とは、プロダクト・サービスを通じたユーザー体験(UX)をデザインすることである。実務の文脈では、よりよいユーザー体験を実現するだけでなく、同時に、プロダクト・サービスを提供するビジネス側のゴールも達成することを目指す。

伝統的なUXデザインのプロセスは、ISO 9241-210:インタラクティブシステムの人間中心設計プロセスなどで定義されている。

 

図1:ISO 9241-210で定義されている人間中心設計の基本的なプロセス

 

2~4のプロセスをざっと見ると以下のようになる。

 

  • 2.利用状況の理解と明示:ユーザーインタビューやアクセスログ解析
  • 3.ユーザーと組織の要求事項の明示:ペルソナやカスタマージャーニーの作成
  • 4.設計による解決案の作成:UI設計やプロトタイピング
  • 5.要求事項に対する設計の評価:クローズドβテストやABテストによるプロダクト評価

 

ステップ3について一言補足しておくと、「ペルソナ」とはプロダクトやサービスのターゲットユーザーを具体的な人物として描き出したもの、「カスタマージャーニー」とは、ユーザーがプロダクトやサービスを利用してどのような体験をするのかという一連の流れを描いたものである。

こうしたプロセスを経て、ユーザーの要求事項を満たすプロダクトを実現するのが、UXデザインあるいは人間中心設計の基本的なプロセスである。

 

2. UXデザインの変容~IAからAIへ

 

こうしたUXデザインのプロセスにおいて、事前の分析に基づいてよいUXを実現するには、しっかりとしたIA(Information Architecture:情報構造)設計のスキルが重要である。IA設計とは、ユーザーが使いやすいように、情報(機能・コンテンツ)をどのような順序・文脈で配置してユーザーに提示するかを考えるプロセスである。

このIA設計の良し悪しによって、ウェブサイトやアプリの使い勝手は大きく変わり、ビジネス成果も大きく変わってしまう。

 

図2:「カーセンサー」における物件詳細画面のIA変更の事例

 

ところが、近年のAI(人工知能)・機械学習の進化と、UXデザインへの応用が進んでくる中で、こうした状況に変化が生じているのではないか、というのが筆者の見解である。

伝統的なUXデザインのプロセスを大まかにまとめると以下のようになる。

ユーザーの行動を観察し、ユーザーのインサイトをあぶり出す。そこから、ペルソナやカスタマージャーニーに落とし込む。そうして描いたカスタマージャーニーを実現するためのウェブサイトのUI(ユーザーインターフェース)を作り上げる。シンプルと言えばシンプルなプロセスである。

 

図3:伝統的なUXデザインプロセス

 

一方、AI時代のUXデザインプロセスは、以下のように整理できるだろう。

 

図4:AI時代のUXデザインプロセス

 

先程の図3との違いを挙げると

 

・ユーザーインサイトだけでなく、「アルゴリズムの理解」が必要

・ペルソナ・ジャーニー設計から「UXコンセプトの定義」へ

・UIデザインだけでなく、「データ模索」「モデルチューニング」

 

という形になる。

 

例えばパーソナライズやレコメンデーションといった機能に伴うユーザー体験を考える場合、静的な画面を前提としたIA設計だけでなく、動的なコンテンツを生み出すアルゴリズムの設計も合わせて考える必要がある。そのため、アルゴリズムの基本的な理解をした上で、ユーザーインサイトに合わせてコンセプトに落とし込むことが必要になる。

また、アルゴリズムはどこまでいってもブラックボックスを含むため、どういうユーザーにどういうコンテンツが提示されるかは、最後まで「やってみなければわからない」側面が残る。そのため、職人技的にUI/IAを作り込むよりも、むしろ早く作って早く試す、という試行錯誤の速度と回数こそが重要になってくる。

 

3. AIが実現するユーザーエクスペリエンスとは

 

 

では、少し視点を変えて、AIによってUXデザインの世界で何ができるようになったのかを見てみよう。AIによって実現される新しいユーザーエクスペリエンスは、大きく以下の5つがあると考えている。

 

1.パーソナライズできる
2.「画像」を扱える
3.「会話」を扱える
4.人の仕事を支援できる
5.(1~4のプロセスを)自動化できる

 

1.パーソナライズできる

パーソナライズとは、ユーザー一人ひとりに合わせて最適化したコンテンツを提供する技術である。例えばAmazonの「この商品を買っている人はこんな商品も買っています」のようなレコメンデーションの技術は、機械学習の技術によって格段に精度が向上し、デジタルサービスにはなくてはならないものになっている。

 

2.「画像」を扱える

これまでコンピュータは「画像」を扱うのが難しかった。画像はテキストと比べて構造化されておらず、「何が写っているのか」を判定することもなかなか難しかった。

2012年にGoogleがディープラーニング(深層学習)によって「猫」を認識できた、というニュースが話題になったが(注釈:https://xtech.nikkei.com/it/article/NEWS/20120627/405501/など)、それ以降、画像解析の技術は格段に進化しており、画像や動画をベースとしたハイレベルなサービスが提供されるようになっている。

例えばPinterestでは、画像解析によって「似ている画像」や「タグ(キーワード)」をレコメンドしてくれるため、写真を延々とたどりながら好きなイメージを見つけ出すことができるようになっている。

 

3.「会話」を扱える

人間が使う自然言語も、コンピュータが苦手とするものだったが、機械学習ベースでの自然言語処理によって、文脈に合わせて適切な会話を返す技術も進展し、いわゆる「チャットボット」も様々なシーンで活用されるようになってきた。

例えば「ペコッター」は、キャラクター相手にチャットすることで、飲食店を探して予約代行までしてもらえる、というサービスである。AIで自動応答する部分と、人力で対応する部分のハイブリッドであるが、非常にスムーズに会話できることに驚く人も多いだろう。

AIを相手に会話する、という行動は、今後ますます一般的になってくると考えられる。

 

4.人の仕事を支援できる

少し違う視点だが、AIによって人の業務を支援するようなサービスも多く登場している。

例えば「Conversica」はAIによるセールスアシスタントのサービスで、見込み客へのメールフォローをAIが自動でやってくれることで、効率的なCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)を実現している。

「AIが人の仕事を奪う」という恐怖はよく語られるが、実際には「AIが人の仕事を支援することで、これまで以上の体験価値を提供する」という流れが生まれているのである。

 

5.(1~4のプロセスを)自動化できる

1~4のような新しいユーザー体験が生まれるだけでなく、そうしたユーザー体験を提供し、改善していく「プロセス」自体が、AIによって自動化されるようになっている。

例えば、サービス改善でよく用いるABテストだが、バンディットアルゴリズムはそのABテストのプロセスを自動化する技術である。複数の表示パターンから最適なパターンを自動で発見し、自動的にそこに収束させることで成果を最大化できる。人による判断が不要になっているのだ。

さらに、これはまだコンセプトの発表であったが、2018年3月のAdobe Summitでは、”Perfect Path”という名前で、ユーザーの属性・行動履歴に基づいてリアルタイムで最適な導線やバナーを表出できるようになる、という未来像が描かれた。(注釈:https://note.com/fladdict/n/n5bd686857419などで紹介されている)ここまでいくと、現在あるような「UXデザイナー」の仕事自体が自動化され、不要になるかもしれない。

 

以上、AI・機械学習によってできるようになったことを5つの類型にまとめてみた。AIは万能ではないが、こうした特徴を踏まえることで、自社サービスにどう活かしていくかといったことが考えやすくなるだろう。

 

4. 理想的なUX実現を目指して

 

前節で「UXデザイナーが不要になるかもしれない」未来について述べた後で少し矛盾するかもしれないが、筆者としては、こうしたAIの進化は、UXデザインの進化のための大きなチャンスだと考えている。

AI・機械学習によって、これまでデジタル上で「当たり前」だと思われていた暗黙の制約を打ち壊し、真に優れたユーザー体験が実現できるのではないかと期待しているのだ。

 

これまでの「検索」体験の限界

 

皆が当たり前に使う、ネットでの情報検索。飲食店を探す、宿泊施設を探す、結婚式場を探す、住まいを探す、仕事を探す…。筆者の勤めるリクルートグループも、そうした情報検索サイトを多数運営している企業の一つだ。

こうした情報検索サービス自体も、UXデザインの技法や検索テクノロジーにより、日々進化しており、とても便利で使いやすいものになっている。筆者も、結婚情報サービスの『ゼクシィ』や、不動産検索の『SUUMO』などをより使いやすくするために日々汗を流していた一人だ。

ただ、少し俯瞰して考えたときに、こうした情報検索サービスは、本当に理想的なユーザー体験を提供できているのだろうか? 私達が提供するサービスによって、本当に理想の飲食店、宿泊施設、住まい、仕事をスムーズに見つけることができているのだろうか?

 

実は、そこには小さくないギャップがあるのではないか。

 

我々は検索サービスと呼んでいるが、ここで提供している「検索」体験は主に「目当ての情報を探し出す」というモデルになっている。

典型的には、「●●という本はどの本棚にあるかな」だったり、「●●について知りたいけど、どの本に載っているかな」という、図書館のごく一般的な「蔵書検索」が思い浮かぶ。情報に適切なラベルをつけ、様々なタグで検索できるようにすることで、膨大なデータの中から目当ての情報を見つけ出す、というのが検索の技法である。

そこでは、検索するユーザーは、あらかじめ正解=ほしいものがわかっている。あらかじめ用意された「正解」を、いかにスムーズに見つけ出すか、がイシューである。

このモデルに基づいているため、前述した飲食店探し、宿泊施設探し、結婚式場探し、住まい探し、仕事探し…の検索サイトは基本的に以下のような構造になっている。

 

図5:検索サイトの基本的な構造

 

この裏にあるのは、下図6のような意思決定のモデルであろう。ニーズが発生し、軸=ほしいものが明確になり、それを条件に入れて検索した上で、出てきたものの中で比較検討して決定する。

 

図6:検索サイトの構造から見える意思決定モデル

 

しかし、この意思決定モデルは正しいのだろうか? こうしたジャンルの情報を検索しているとき、人はあらかじめ軸=ほしいものがわかっているのだろうか。目当てのものがわかっており、それを適切に見つけ出すといった、単線的なモデルなのだろうか。

自分自身の経験を少し振り返っただけでも、そうではないことがわかるだろう。意思決定とはもっと複雑で曲がりくねったプロセスである。

仮に図式化するとしたら、以下のようになるのではないか。なんとなく調べ始めて、あっちに行ったりこっちに行ったりしながら、最後は元々思っていなかったようなものに着地する。こうした行動は、例えば家電を買うような場面などでもごく普通にあるだろう。

 

図7:本来の意思決定は、複雑で曲がりくねったプロセスである

 

つまり、飲食店探し、宿泊施設探し、結婚式場探し、住まい探し、仕事探し…の場合、あらかじめ「正解」があるわけではなく、それ自体、検討している中で徐々に構築されていくものだといえる。

人に相談したり、交渉したり、議論したり、納得したり、あるいは突然「運命の出会い」や「一目惚れ」で決めてしまったり。人の意思決定は、曖昧でファジーな世界なのだ。

ではなぜ、情報検索サイトは単線的なモデルになっているのか。それは単に技術的な制約でしかない。コンピュータはゼロイチの世界。曖昧でファジーなものを扱うことはできないから、無理やり「蔵書検索」のメタファーに押し込めたのである。

 

5. もっと人生に寄り添う「意思決定エンジン」を

 

しかし、こうした状況がAIの進化によって変わってきている。前述したように、AI・機械学習は画像、会話といった曖昧なコトを扱えるし、一人ひとりに合わせたパーソナライズ・行動支援などができるようになってきた。

そのため、これまでのような「条件を入れて検索」という単線的なモデルではなく、会話しながら、あるいはいろいろな画像を提示しながら、ユーザーが徐々に自分の好みを見つけていくといったインタラクティブなプロセスを実現できる土台が整っているのだ。

例えば前述した「ペコッター」のようなサービスでは、チャットボットからの応答を通じて、ユーザーは自分が思いもよらなかったような自分のこだわりに気づくことができるかもしれない。

あるいは、結婚式場探しにおいても、従来のように「場所」や「予算」を指定して検索するのではなく、様々な結婚式スタイルの写真から好き嫌いを選んでいくだけで、自分の理想の結婚式イメージを具体化し、それに最適な結婚式場が自然と見つかる、といった体験を提供できるかもしれない。

ここまでくれば、人の意思決定プロセスを単線的な情報検索に押し込めることなく、ファジーで曖昧な流れに寄り添って、最適な意思決定を支援することができるのではないか。

筆者はこれを、「情報検索サービス」とは一線を画す「意思決定支援エンジン」と名付けたいと思う。人々が人生の節目、あるいは日々の暮らしの中で、最高の意思決定をすることを支援するための推進力となるイメージである。

こうした世界の実現は、ある意味で、「古き良き」買い物のスタイルへの回帰でもある。

ずらっと並ぶ商品の棚から自分で勝手に選んでいくスーパーマーケットのスタイルは、便利ではあるが無味乾燥である。

小さな専門店で、目利きの店員と会話し、様々なアドバイスをもらいながら、自分なりの答えを見つけていくというようなオールドファッションな買い物プロセスは、対人的な煩わしさや面倒くささはありつつ、そうして選んだものはやはり納得感もあるし、愛着も湧くものである。

この対人の煩わしさ、面倒くささの側面をうまく抑えつつ、答えを見つけるプロセスの伴走をデジタル上で実現することができれば、人々の日々の意思決定がより楽しく、充実したものになっていくのではないか。

AI・機械学習の進化を絶好のチャンスと捉え、従来の「検索」の形にとらわれない「意思決定支援エンジン」を作っていくことこそが、AI時代のUXデザインの方向性だと考えている。

 

 

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東京大学文学部卒業後、同大学院学際情報学府修士課程修了。システムエンジニアを経て、2008年に株式会社ビービットに入社。金融・教育・メディア等、様々な企業のUX・デジタルマーケティングのコンサルティングに従事。2015年に株式会社リクルートテクノロジーズ入社。『ゼクシィ』『SUUMO(スーモ)』をはじめとするウェブサービスのUX改善・戦略立案を担当。2018年より現職。共訳書に『行動を変えるデザイン』(オライリージャパン、2020年)。