20世紀までの天文学

宇宙を研究する施設と聞いたとき、多くの人が山奥の巨大ドームの中の望遠鏡を思い浮かべるかもしれません。もちろん、望遠鏡は現代でも主要な宇宙の研究手段ですが、実はサーバールームの中の巨大なコンピュータでも、宇宙の謎に挑む研究が進められています。

 

望遠鏡は遠くにある物体を観測するための装置で、ガリレオ・ガリレイが活躍した16~17世紀ごろから宇宙を観測する装置として広く用いられるようになりました。

現代においても天文学の中で重要な研究手段の1つです。観測天文学とよばれる分野です。

 

宇宙の観測により、さまざまな経験則が発見されます。すると、それらがどのような過程で生じているのか興味が湧いてきます。これらの経験則には物理学的な背景があります。物理学とは人間の恣意的解釈などとは無関係な普遍法則を解明しようという分野であり、宇宙も物理法則に従っていると考えられるわけです。物理学を基盤として、観測天文学で得られた知見を読み解く分野が理論天文学です。

 

新しい観測的発見があれば、その解釈のための理論が考え出されます。そして新理論は、新しい現象の予言をし、観測で実証されます。このように、観測天文学と理論天文学の2つの分野が、いわば車の両輪となり宇宙の研究を発展させてきました。

 

天文学第3の分野:シミュレーション天文学

 

天文学と他の自然科学分野と比べた場合、その特徴として、実験という研究手法が取りづらいということがあげられます。天文学で扱う現象の多くは地球を遥かに超えた空間スケールであり、現象の進行する時間も人の寿命はもちろん人類の歴史を遥かに超えるものもあります。そのため、研究室で実験・再現するというわけにはいかないのです。

 

望遠鏡などで得られる情報は限られた側面であり、理論と詳細に比較できない場合もあります。一方、理論研究にしても、得られた方程式を紙面上で解くことが不可能な場合が数多くあります。そのため、この2つの分野にギャップが生じることもありました。

 

20世紀の後半、コンピュータの性能が飛躍的に進歩し、コンピュータの中に様々な現象や天体を再現するということが現実味を帯びてきました。コンピュータの中で現実の現象を模擬することを数値シミュレーション、もしくは単にシミュレーションとよびます。いわば、コンピュータの中に実験室ができたようなものです。これは、先程述べた観測研究と理論研究の弱点をうまく補う研究手法となっています。シミュレーションを用いて、宇宙の研究をする分野をシミュレーション天文学といいます。

 

人工知能と天文学

 

近年の人工知能研究の飛躍的な進歩により、各業界でその活用の試みが始まりました。天文学ではどうでしょうか。

 

特に観測天文学において、人工知能が使われ始めており、ここ数年で数多くの論文が発表されています。観測天文学というと、望遠鏡から夜空を覗いて観測することを想像されるかもしれません。しかし、実際のところ、研究の現場では、肉眼で望遠鏡を覗くということは一般的ではなく、観測結果は高度に電子化・機械化されており、日々大量のデータが蓄積されています。

 

大量の観測データの分析から知見を引き出さなくはいけません。観測による学問の基本は分類と特徴の抽出です。似通ったものを分類することで、観測対象の全体像が整理されます。もし、分類にあてはまらないような構造がみつかった場合、その背後に興味深い理由があると考えられます。

 

これまで、銀河の形状の分類や、恒星光度の微妙な変化による惑星の検出などといった、分類や特徴抽出の解析は、人の手や特定の手法に基づいた解析ソフトウェアにより行われてきました。このような分類や検出は人工知能の得意とする分野であり、応用が始まっています。

 

最近の報告によると、人工知能を用いることにより、従来は人の手によって行われてきた天体の分類が、コンピュータによって実現されているものも見られます。日々蓄積される天文学のデータは大量であり、人の手だけで解析を進めるのは大変ですが、人工知能を活用することにより、大量データの処理も可能になります。人工知能の利用は今後ますます広がっていくのではないかと期待されます。

 

人工知能とシミュレーション

 

人工知能とシミュレーション、どちらも高性能なコンピュータを必要とする分野であり、同じような手法に見えるかもしれません。これらはそれぞれどういう位置付けなのでしょうか。急速に発達してきた人工知能は、いつかシミュレーションにとって代わるのでしょうか。アプローチとしては逆であり、両者が補い合いながら、今後も重要な手法であり続けると思います。

 

人工知能とは、人間の知的能力をコンピュータ上で実現するという包括的な概念であり、幅広い意味で使われます。その中で特に近年進歩の著しい分野が機械学習です。機械学習とは、大量のデータをコンピュータで解析することで、データ構造を捉え、予測や分類を行うことです。以下、ここでは人工知能は機械学習の意味で用います。

 

一方でシミュレーションは、まずモデルの設定から出発します。モデルとは現象を説明するための理論や考え方のことであり、特に物理学を基本とする分野の場合では、現象を記述するための方程式のことを指します。方程式を解けば、現象を定量的に再現できるわけですが、紙上で人の手で計算して厳密な解が得られるケースは稀です。ほとんどが解けないため、コンピュータを活用して解く必要があります。

 

具体的に人工知能とシミュレーションのアプローチの違いを惑星の動きの解析を例に説明しましょう。例えば、過去10年の太陽周りの地球の動きの位置データを収集したとします。過去の時刻と地球の位置の関係のデータを集めて機械学習で解析します。すると、過去・未来の任意の時刻を与えたときに、その時点で地球がどこにいるか、予測するモデルが得られます。シミュレーションではどうでしょうか。物理学の理論から、観測データを用いずに地球の動きを予測するための精密な方程式を立てることができます。これをコンピュータで解けば過去10年にどこにあるべきだったかわかります。そして、観測データと比較することで設定したモデルの正当性の検証を行うことができるでしょう。

 

つまり、人工知能は、観測データからモデルを求める一方で、シミュレーションは物理法則に基づくモデルから予測データを得るということになります。

 

どのような機械学習のアルゴリズムを用いるかにもよりますが、汎用性の高い人工知能によって得られたモデルは、人間の理解できる形で記述されないことが多いです。そのため得られたモデルの解釈ができず、ブラックボックスになってしまうという欠点があると言われています。つまり、正確な予測ができるモデルだが、なぜそれが正しい予測をするのか、人間にはすっきりと理解できないというわけです。

 

一方、シミュレーションのモデルは、特に物理学をベースとしたシミュレーションでは、物理法則を基礎とするため、モデルの解釈という面では明白です。また、中心の太陽の大きさが変わった場合どうなるかなど設定を変えた場合もすぐに予測できます。これは機械学習によるモデルでは難しいところです。シミュレーションの弱点としては、非常に複雑な現象を扱う場合、モデル構築が難しい場合や、コンピュータの性能上の問題により方程式を解くことが実質的に不可能である場合などがあげられます。

 

このように人工知能とシミュレーションは逆のアプローチであり、どちらか一つだけあればよいというものではありません。今後は、この2つのアプローチをうまく組み合わせた研究という方向性もありうるかもしれません。

 

コンピュータにできないこと

 

天文学においても、最新鋭のコンピュータが研究に活用されていることを説明しました。最後に、ますますコンピュータの性能が進歩し、人工知能の開発が進む今後に向けて、人にしかできないことについて論じたいと思います。

 

人工知能によって構築されたモデルが、人間の解釈できない形で記述されることが多いと説明しました。では、物理法則に基づく数値シミュレーションなら、人間はその現象をすんなりと理解できるものかというと、そうでもありません。近年のコンピュータの性能に伴い、より高度なモデルを用いることができるようになり、コンピュータの中で宇宙現象や天体の精密な再現ができるようになってきています。しかし、精密な再現ができたということは、すなわち、その現象を理解したといえるのでしょうか。単に再現しただけでは、設定したモデルと再現結果の間の論理的な結びつきが確認できただけであり、心から理解したとは感じられません。

 

有名な物理学のテキストに「ファインマン物理学」という本があります。その中で、物理学における理解とは何かという記述に関する部分で、次のような一節があります:「方程式を解かないで与えられた情況の下で何が起こるべきかを知る方法をもつときに、この情況に応用された方程式を”理解”しているのだ」。発展する人工知能、高度化するシミュレーションモデルという状況の中で、人間の知的活動のあり方として、これは意味を持ってくるのではないかと思います。シミュレーションせずとも何が起こるか知る方法があれば、その現象を理解できたと言えるのではないでしょうか。

 

理論天文学やシミュレーション天文学の論文ではしばしば “physical understanding” や “physical interpretation” という言葉が使われます。日本語に翻訳すると「物理的理解」や「物理的解釈」です。論文などで、複雑な計算結果を導いたまとめとして、その結果を言葉で説明しようとします。それが物理的理解です。ひとたび物理的理解が得られれば、シミュレーションや複雑な解析をしなくても概ね結果はわかるのです。

 

高度に進歩する科学技術、高性能化する人工知能では、ともすれば理解困難なブラックボックスを生じがちです。過去の経験や知識などを動員して、既知の現象に帰着させたり、平易な言葉で納得できる説明をつけていくことは、少なくとも現段階では人工知能には難しいところであり、人間にしかできないことではないかと思います。

 

執筆者プロフィール

道越 秀吾
道越 秀吾京都女子大学 現代社会学部 助教
1979年山口県生まれ
2002年京都大学理学部卒業、2007年同大学院博士後期課程修了。
博士(理学)。各地の大学・研究所の研究員を経て、2017年より現職。

専門分野は理論天体物理学と数値シミュレーションで、特に惑星系の起源と土星の環の構造の研究を中心に行ってきた。
最近は、小惑星環や銀河スパイラルアームの研究も行っている。
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