心の数学、数学のこころ

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津田 一郎

1953年、岡山県生まれ。1982年京都大学大学院理学研究科物理学第一専攻博士課程修了。理学博士。
カオス研究、複雑系研究、脳のダイナミクスの研究を行う。Noise-induced orderやカオス遍歴の発見と数理解析などが注目された。また、脳の解釈学の提案、非平衡神経回路における動的連想記憶の発見と解析、海馬におけるエピソード記憶形成のカントールコーディング仮説の提案と実証、サルの推論実験、コミュニケーションの脳理論、脳の機能分化を解明するための拘束条件付き自己組織化理論と数理モデルの提案などがある。2017年、noise-induced orderが数学的に正しいことがイタリアの数学者によって厳密に証明された。また2018年、イタリアとブラジルの数学者の共同研究によって、カオス遍歴の極小モデルが正しいことが厳密に証明された。

計算の背景にあるもの

 

古代エジプトにおいて人々や王の主な欲求の一つは土地の整備、土地の大きさの測定だった。

これが幾何学と解析学のもとになった。そもそも幾何学の英語であるgeometryは土地を意味するgeoと測ること(測量)を意味するmetriaに由来するので、幾何学の中にすでに解析学が埋め込まれていたとみるべきだろう。

実際、紀元前13世紀くらいのパピルスに現代の積分の基礎になっている取り尽くし法が記載されていたという報告がある。他方、代数学は古代ギリシャですでに方程式とその根(方程式の解)という概念が確立されたが、ギリシャ人は実用的な計算には興味がなかったようだ。ようやく中世になって、アラビアのフワーリズミーによって記号化された代数学がおこり「計算」が定式化された。よく知られているように、「アルゴリズム」という言葉はアル・フワーリズミーに由来する。

そもそも代数学の根底には物を数えるというヒトの行為がある。物に数を当てはめて数えるためにはその物たちにある種の同一性を見出さねばならない。そもそもまったく性質の違うものを数えても意味がない。羊が何匹いるかを知ることは大変意味があるが、羊と家と山とナタの数を一緒にして数えても意味があるとは言えないだろう。

つまり、「計算」の背景には物事を「同一視」する考え方があるのだ。この同一視によって具体的な物を抽象的な数、あるいは式にすることが可能になった。

 

数学の出発点と成果

 

数学という学問は本来このようなヒトの心の外在化を出発点にしたと私は考えている。

その意味で数学は自然科学ではない。結果として数学の定理やテクニックが自然を解き明かすのに役に立っているのであって、自然を記述するために数学は生まれたのではない。むろん現代においては複雑な自然現象を記述して解明するために既存の自然科学の理論や方法では不十分なので、新しい数学を開発することで複雑現象を解明するということがある。

非線形現象はまさにそのような場を与えた。非線形現象は自然現象のみならず社会現象にもみられるが、これらの分野にそれを的確に記述する理論はなかった。数学者たちは新しい数学、非線形数学を作ることでこれらの現象を解明していった。このことはこの40年ほどで起こったことである。

しかし、そもそもの出発点において、数学はヒトの心の動きを記号化しようとしたその成果だったと私は見ている(1)

 

 

数学とアルゴリズム

 

次のような比較をしてみよう。

比較自体がフェアーかどうか微妙だし、また次の数値がどれほどの意味を持つのかは分からないが、ある意味衝撃ではある。

宇宙にある物質の数を水素原子に置き換えて概算するとおよそ1080個ほどあることが分かる。他方で、19×19の格子を持つ碁盤の目の可能な手の数はいかほどだろうか。これはおよそ10170通りである。碁というゲーム一つ考えてもその可能な目のパターンの数は宇宙全体の原子数よりはるかに多いということになる。碁の異なるパターンの一つずつを一個の水素原子からなる仮想コンピュータで実現できるとしても、宇宙にある水素原子では足りないことになる。組み合わせの恐ろしさだ。ヒトが生活上で生み出したものは実は巨大な数値の集合である。

それに対してずっと小さな数の物質材料によってこの巨大な数を実現するためには何か装置が必要だ。それがアルゴリズムだった。この基礎を築き上げてきたのが数学なのだ。数学がAIの進歩に欠かせないのも、こういった数を操る“デーモン”を的確に数式に書ける装置として数学が働いているからだ。

 

AIとヒトの脳のちがい

 

海外、特に米国では、AIが進歩しヒトの能力を超えるシンギュラリティーが早晩訪れるという議論が盛んだ。

日本でもその影響でいろんな場でシンギュラリティーの議論を聞くようになった。今のAIに限らず、そもそもデジタルコンピュータはヒトよりも記憶容量は大きく、計算スピードは圧倒的に速い。すでにこれらの能力ではヒトはコンピュータにかなわない。

しかし、ヒトの脳の機能がどれくらいあるのか、学習能力がどれくらいあるのか、なぜヒトは創造的な知能の発揮の仕方ができるのかなど、全くわかっていない。逆に、記憶の仕方や計算の仕方はヒトとコンピュータでは違っていることは分かりつつある。これはある意味皮肉な話だ。

アラン・チューリングが現在のデジタルコンピュータの数学原理を考えたときの彼の心の動きは、「ヒトの思考」のモデル化だったわけだから。実はチューリングは思考全般を考えるのは複雑すぎるので計算、特に筆算に絞って形式化(数学化)したのだった。

チューリングにとっては人とコンピュータでは思考方式が異なっていることは百も承知のことだったのである。思考の仕組みが違うのだからヒトの弱いところをあげつらってもしょうがない。ヒトの脳は神経回路とグリア細胞の相互作用による自己組織化によってさまざまなパターンを生み出すし、これら脳の神経回路に故障が起きれば自己再組織化して修復する。

 

学習することを学習するAIがシンギュラリティーを加速する

 

現在のAIはビッグデータがあり十分多くの学習を行うことができれば、ヒトができない精緻なパターン分離が可能だ。

また、学習を工夫することで、自力で学習することも可能だ。最近の話題ではグラーツ工科大学のMaassたちがリザバーコンピュータ(再帰的構造を持つランダムな人工ニューラルネットワーク)を改変して「学習することを学習する」AIの神経機構を提案している(2)。グレゴリー・ベイトソンによるとイルカは学習することを学習することができるのだそうだ(3)

そういうことが実現できるようなニューラルネットの自己組織化原理が開発されようとしている。大変興味深いことだ。ヒト脳に関する脳科学研究がさらに進めば、その「自己組織化」、「自己再組織化」、さらには進化、発達と関係した「拘束条件付き自己組織化」の数学的構造が明らかにされるだろう。そうすればそれは数式になりアルゴリズム化される可能性が出てくる。

いや可能性ではなく、数式になればアルゴリズム化されるはずだと多くの人は考えるだろう。

現在、シンギュラリティーがらみで米国で盛んに議論されている考え方にはこの仮定が潜んでいる。

 

それでも世界を我々の手で書き尽くすことはできない

 

 

しかし、これは必ずしも正しくないことをもっと真剣に考えるべきだと私は思っている。

数式になってもアルゴリズム化できないものが存在する。

例を挙げよう。

決定論的カオスを生み出す力学系はきちんと数式で書けている。しかし、その数式が生み出す軌道は計算可能な数で表現されるものだけではない。

カオスのアトラクタ(アトラクタとは力学系の相空間上の集合で、その近傍の軌道がすべてその集合内に漸近するような集合を言う。この定義は通常の定義だが、”ミルナーアトラクタ”のようにアトラクタへの漸近軌道の測度が正であるという定義を採用する提案もある。この場合、アトラクタの近傍の軌道の中でアトラクタに漸近しない軌道も含まれてもよい。)には可算無限個の不安定周期解、非可算無限濃度ある非周期解、さらには常に自分自身に漸近する非周期解が共存している。カオスを生み出す力学則はアルゴリズムで書けるが、その力学系の数学的に真である解を生み出す初期値をアルゴリズムで書くことはできない。

さらに加えて、そもそも世の中には計算不可能な数が数えられないほど多く存在することが知られている。

だから、世界を我々の手で書き尽くすことはできないのだ。脳の自己組織化、特に拘束条件付き自己組織化はこういった計算論の立場では厄介な解のクラスに含まれると考えられる情報をうまく利用しているように見える。

またこれらを積極的に情報処理に使っているように見える。これは私が1984年に出版した初めての脳の理論に関する論文(4)以来、主張してきたこと(5)だが、少しずつではあるが肯定的な研究が増えてきているようである。「カオスを計算する」ことは不可能でも「カオスで計算する」ことは可能なはずである。

実際、脳の情報処理はそうやってアルゴリズムで書けない数をうまく利用することで創造性や直観といった現在のAIにはない機能を発現しているように見えるのである。

 

脳の機能分化に潜む数学的構造の存在をつかみ取る

 

現在私たちはいろんなグループとの共同研究においてリザバーコンピュータに注目している。

私の狙いは、脳の機能分化の機構をAIに取り入れることだ。この研究は主にJSTのCREST間瀬領域(6)で行っているものだが、いくつかの成功例が出始めた(7)。詳細を明らかにするのはもう少し先になるだろうが、機能分化に潜む数学的構造が見え隠れしている。

それをギュッとつかみ取りたいと思って日々考えを巡らせているところである。

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参考文献

(1)津田一郎、『心はすべて数学である』(文藝春秋、2015年).

(2)A. Subramoney, F. Scherr, and W. Maass, “Reservoirs learn to learn”, arXiv:1909.07486v2[cs.NE] 30 Sep 2019

(3)G. Bateson, “Steps to an Ecology of Mind” (Ballantine Book, 1972).

(4)I. Tsuda, “A Hermeneutic Process of the Brain”, Prog. Theor. Phys. Suppl. 79 (1984) 241-259.

(5)津田一郎、『カオス的脳観』(サイエンス社、1990年);津田一郎、『脳のなかに数学を見る』(共立出版、2016年).

(6)JST(科学技術振興機構)戦略的創造研究推進事業CREST「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah29-4.html(2020年1月閲覧)

(7)JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」領域 研究課題「脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用」http://www.er.ams.eng.osaka-u.ac.jp/kawai/crest/(2020年1月閲覧)

 

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津田 一郎

1953年、岡山県生まれ。1982年京都大学大学院理学研究科物理学第一専攻博士課程修了。理学博士。
カオス研究、複雑系研究、脳のダイナミクスの研究を行う。Noise-induced orderやカオス遍歴の発見と数理解析などが注目された。また、脳の解釈学の提案、非平衡神経回路における動的連想記憶の発見と解析、海馬におけるエピソード記憶形成のカントールコーディング仮説の提案と実証、サルの推論実験、コミュニケーションの脳理論、脳の機能分化を解明するための拘束条件付き自己組織化理論と数理モデルの提案などがある。2017年、noise-induced orderが数学的に正しいことがイタリアの数学者によって厳密に証明された。また2018年、イタリアとブラジルの数学者の共同研究によって、カオス遍歴の極小モデルが正しいことが厳密に証明された。