AI時代の教育の課題 〜社会情報学の視点から〜

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河島 茂生

河島 茂生

 青山学院女子短期大学現代教養学科准教授,理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員,青山学院大学シンギュラリティ研究所副所長,AIネットワーク社会推進会議分科会構成員,上廣倫理財団AIロボット倫理研究会プロジェクト委員など。2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2004年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了を経て,2010年同博士後期課程修了。博士(学際情報学)。専門は,社会情報学,メディア論。
 主な著書として,『AI時代の「自律性」』(編著,勁草書房, 2019),『AI倫理』(共著, 中央公論新社, 2019),『AI × クリエイティビティ』(共著,高陵社書店,2019),『情報倫理の挑戦』(共編著,学文社,2015),『基礎情報学のヴァイアビリティ』(共編著,東京大学出版会,2014),『デジタルの際』(編著,聖学院大学出版会,2014)などがある。

AI人材の養成

 

多くの課題を抱えながらも,学校教育の現場でプログラミング教育が実施されようとしている。

これまでもICTに関する教育が行われてきているが,それが一歩踏み込まれたかたちだ。小学校の導入時期は2020年度,中学校は2021年度,高校は2022年度である。

小学校では,これまでの理科,算数,図画工作といった各教科の単元に盛り込んでプログラミング的思考を養成することが目指され,ヴィジュアル・プログラミングのツールなどの使用が想定されている。プログラミング教育は,大学入試にも大々的に導入することが考えられており,高校の「情報Ⅰ」をセンター試験の後継となる「大学入学共通テスト」の科目に加えることも検討されている。

その背景としては,IT力なるものを高めることが国の競争力を左右するといわれており,海外を含めてIT人材が大きく不足していることが挙げられる。また,コンピュータから遠いと思われている,農業やスポーツなどにもコンピュータが導入されており,IT力なるものがこれからの社会の基盤をなす知識・技能であることも挙げられる。

そうしたなかで,2019年6月に統合イノベーション戦略推進会議が「AI戦略」を発表し,そのなかのAI人材の養成に関する発表が話題を集めた。

「文理を問わず、全ての大学・高専生(約 50 万人卒/年)が、課程にて初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得」するといったことや,「文理を問わず、一定規模の大学・高専生(約 25 万人卒/年)が、自らの専門分野への数理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得」することが謳われた。2025年までの目標である。

数理・データサイエンス・AIの重視は,これだけでなく,内閣府の「未来投資戦略」や「統合イノベーション戦略」,文部科学省や経済産業省の政策に明確に見て取れる。国は,このような戦略を前から立てており,それは2013年の「世界最先端IT国家創造宣言」にも現れている。いわゆるSTEM(ステム=Science(科学),Technology(技術),Engineering(工学),Mathematics(数学))の教育を重視させようという姿勢である。

政府だけでなく,民間企業も,AI人材を確保・育成しようとさまざまな戦略を打ち出している。海外では,イギリス,ロシア,ハンガリー,フィンランド,アメリカなどがSTEM教育に力を入れている。

必要なのはコンピュータ教育だけなのか

 

こうしたプログラミング教育は,きわめて大切である。

筆者自身も大学生のときにC言語やJava,S言語を学び,音楽のコラボレーション・サイトをつくって運営していた。プログラミングを実際に行った経験がなければ,バグの怖さや,機械には細かな指示を与えないと動かないことなどが体感的に分からない。あるいは,コンピュータの動作の仕組みが一定程度は分からないと,どの業務の領域にどのような目的でコンピュータを導入すれば効果が上がるかがまったく見通せず,機械の能力を過信したり過小評価したりしやすい。

また,データサイエンスのテクニックによって人間の視野を広げる,見えなかったものを見ることができる。コンピュータを使って社会現象を分析する計量社会科学の意義はまことに大きい。

しかし,STEM教育だけで十分だろうか。

たとえば会社でコンピュータを導入するといったとき,当然のことながら経営戦略にあったものを構築または購入する必要がある。コンピュータ教育だけで,経営のヴィジョンを踏まえ,他社との競争優位を保ちながら自社の経営資源を回す全体的な方向性が見出しうるものだろうか。

あるいはコミュニケーションの様相を計量的に分析しても,数値は出るが,「それをどのように活かすのか」が見えてこない。「社会のあるべき姿がこうだからこの点が課題である」「新たな価値を作り出すには,このように制度設計していく必要がある」というのは,計量的分析だけからははみ出る領域である。

 

図1 IPA(情報処理推進機構)によるソフトウェアエンジニアリングの共通フレーム(室谷, 2013)

業務システム構築のプロセスのなかで,ソフトウェアの実装は全体の一部分にすぎず,教育では全体を見通す力の養成が求められる。

最先端のコンピュータ技術が埋め込まれた社会でもELSI(Ethical, Legal and Social Implications(Issues): 倫理的,法的,社会的関係(問題))を踏まえなければならない。たとえば,内閣府の「人工知能と人間社会に関する懇談会 報告書」(2017)では,AIと人間社会との関係を見るうえで「倫理的」「法的」「経済的」「教育的」「社会的」「研究開発的」論点が検討されるべきとされている。

数理・データサイエンス教育と歩調をあわせるように,情報の本質を学び,AIネットワーク社会のあり方を考え抜く土台を培うための情報教育が求められている。いかにSTEMとELSIを組み合わせて教育していくかが主要な論点である。

実際,日本学術会議は2016年に「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 情報学分野」を公表した。その文書によると,情報学の目的は,「情報によって世界に意味と秩序をもたらすとともに社会的価値を創造すること」であり,その下位の分野として

「ア 情報一般の原理」
「イ コンピュータで処理される情報の原理」
「ウ 情報を扱う機械および機構を設計し実現するための技術」
「エ 情報を扱う人間社会に関する理解」
「オ 社会において情報を扱うシステムを構築し活用するための技術・制度・組織」

が挙げられている。

イとウは,コンピュータ・サイエンスであり,コンピュータ教育で培うことが可能だ。しかし,そこから外れる分野がある。ア・エ・オである。ここには,「情報とは何か」という原理的な問いに加え,情報技術と社会との関係をめぐる課題や動向といった多角的な内容が入る。ネット上のコミュニケーションの動向,マスメディアなどの各種メディアの編成,地域情報化,情報政策,情報倫理などである。

先端技術社会のリベラルアーツ教育がきちんとなされているならば,コンピュータ・テクノロジーだけを学ぶように特化しても大きな問題ではないだろう。リベラルアーツ教育で知的基盤の構築が目指されているからだ。しかしそうでない場合は,AI技術だけを学ぶだけでなく,どのようなAI社会をつくりたいのか,未知のこと,答えが出ないことについても考え続ける能力を育てていくことが欠かせない。

 

生物と機械との異質性

 

ア~オのなかでももっとも基盤となる知は,情報の原理である。この情報の原理は,情報概念の原義を探り,生物と機械との共通点・相違点をまず理解しなければならない。

コンピュータを含めた機械が高度化し,機械と生物との境界が見えなくなってきた。生物の特徴といわれた自律性も,コンピュータを説明する言葉として使われている。シンポジウムなどでも「人間と機械の違いなどないのでは?」と得意げに話す場面に何度も出くわした。ただし機械と生物とのあいだに違いがないのであれば,内閣府「人間中心のAI社会原則検討会」でも総務省情報通信政策研究所主催「AIネットワーク社会推進会議」でも唱えられた「人間中心」は無意味化する。

両者に違いがないにもかかわらず,人間だけを中心に据えるのは論理的にオカシイからだ。

 

表1 人間と機械との同質性/異質性

『AI × クリエイティビティ』(高陵社書店,2019)のp.26より
人間と機械の境界は次第になくなってきており,論理やホメオスタシス(恒常性)などの面では違いがなくなってきている。ただし,オートポイエーシスという生物の原理については機械での実装は見られていない。オートポイエーシスとは,自分で自分をつくるメカニズムを内発的に生み出すことをいう。

こうした問題意識に立ち,筆者は『AI時代の「自律性」』(勁草書房,2019)を出版し,人間を含む生物と機械との異同を徹底的に論じた。人間の自律性と機械の自律性はいったい何が違うのか。人間のもつ他律性はいったいどのように理解すればよいだろうか。こうした今後の社会を左右する重要な問題に焦点を当てた。

また,『AI倫理』(中央公論新社,2019)のなかで,コンピュータが人間をはるかに上回る頭脳をもつというシンギュラリティ論を批判的に捉え,そこから未来のあるべき倫理の方向性を述べた。自動運転や監視選別社会,AIと創作についても取り上げた。『AI × クリエイティビティ』(高陵社書店,2019)のなかでは,AIによる自動的な創作がクローズアップされている状況下で,人間が本質的にもつ唯一無二性や分からなさから表現・創作を考えていく必要性を論じた。

 

図2 自律性の体系

『AI時代の「自律性」』(勁草書房,2019)のp.4より
生物には根源的な生物学的自律性があり,それを基盤として個人の尊厳と結びついた近代的個人の自律性や,自分で進んで考え行動しているという感覚を抱く自律的思考が存在している。機械の自律性は,この段階に達しておらず,度合いで測られるものである。

 

今後ますますコンピュータ技術を使って,人間の認知が広がり,創造性も増していくだろう。

そうしたときに,機械とは異質である生物が根源的にもつ自律性や唯一性,分からなさを尊重し,AIが埋め込まれた社会のなかで機械と人間との有機的な連関を作っていくように導くことが教育の第一義的な目的ではないだろうか。

 

コンピュータは,何のためにあるのか。それを柱に据えて教育をしていかなければならない。

 

 

 

謝辞

本記事の執筆にあたって,水野義之先生(京都女子大学)にお声がけいただき,ご助言をちょうだいしました。記して感謝申し上げます。

 

参考文献

室谷隆「共通フレーム2013の概説」,2013年 https://www.ipa.go.jp/files/000027415.pdf アクセス日:2019/12/1

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河島 茂生

河島 茂生

 青山学院女子短期大学現代教養学科准教授,理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員,青山学院大学シンギュラリティ研究所副所長,AIネットワーク社会推進会議分科会構成員,上廣倫理財団AIロボット倫理研究会プロジェクト委員など。2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2004年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了を経て,2010年同博士後期課程修了。博士(学際情報学)。専門は,社会情報学,メディア論。
 主な著書として,『AI時代の「自律性」』(編著,勁草書房, 2019),『AI倫理』(共著, 中央公論新社, 2019),『AI × クリエイティビティ』(共著,高陵社書店,2019),『情報倫理の挑戦』(共編著,学文社,2015),『基礎情報学のヴァイアビリティ』(共編著,東京大学出版会,2014),『デジタルの際』(編著,聖学院大学出版会,2014)などがある。