AIと産業

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鶴田 節夫

鶴田 節夫

東京電機大学 名誉教授
早稲田大学理工学部、名古屋大学大学院にて、オートマトンとよばれるチューリングマシンなどのコンピュータ科学を研究。理論的研究に特化してITやAIの基礎理論を学ぶ。修士論文では、あるクラスのオートマトンとコンピュータ言語(形式言語)の計算能力の等価性に関する証明などを行い発表。
修了後、日立製作所でコンピュータネットワーク・言語、ソフトウェア工学、列車運行管理などリアルタイム制御・コマンドアンドコントロールシステム、およびAIを研究。これら計算機システムやAIの応用研究をまとめて、工学博士号(名古屋大学)を取得。
その後、東京電機大学の教授となり、産業界での実績を生かし、分散知能システムやAIの研究・教育に携わる。AIの教育に関しては東京工業大学で約10年講義し、明治大学大学院で約20年ゼミを開講。
AIやその産業応用であるインテリジェントシステムや高知能ロボットに興味を持ち、退職後も東京電機大学名誉教授として後輩を指導しながら、大学でやり残したAIシステムやその実用化の研究を進めている。国際講演論文・国際学術論文誌など百編以上を出版。

産業のAI、学問のAI

 

産業にとっては、AI(人工知能)とは移民(外国人)依存の傾向さえある労働生産性を上げるための高度な自動化技術である。具体的には、良質労働力を支える、人間なら給料さえもらえるプロフェッショナルなレベルの高度な自動機械・ロボット・ITシステムやその方式・プログラムだと思われる。

悲惨な戦争(特に第二次世界大戦)や多産(ベビーブーム)時代の生存競争などにまみれていない現代の日本の若者たちは、優しく紳士的・淑女的になった。その代わり、結婚・子造り・子育て、さらには技術離れに見られるように難解・厄介な割には地味で下積み的な努力・挑戦を昔ほどはしなくなった。

このような少子化や技術離れの進む現代の日本では、人手不足解消・生産性向上のために、AIは産業界から切望される技術である。

 

より学問的には、AI(人工知能)は欧米で作られた技術用語Artificial Intelligenceの略称で、自動化方法・メカニズムの中でもチューリングテストに合格する高度なものである。

チューリングテストとは、英国のアラン・マシスン・チューリングが提案したテストである。彼はチューリングマシンとよぶ思考できる計算機の概念を理論化し、コンピュータとAIの父と呼ばれる。チューリングテストはこれを知らねばAIの門外漢と言われるほどAIの専門家には有名な権威あるテストである。

壁の向こうに人間と計算機を置き、両方に対する入出力であるキーボードや応答画面を壁の手前に出す。質問を入力すると人間のものか区別できない応答が戻ってくれば、AIと合格判定する。

 

考えている「フリ」をする

 

チューリングが言うように計算機は人間とは思考法が違う。ある意味で思考しているフリをするだけである。チューリングテストは思考しているフリができればAIと判定する。

実際、理論的に、無限に長い入力列が前後の文脈として関係する問題では計算機はデータを読み込んで処理することを永久に続ける。停止して解を出すことができないという、チューリングの提唱する停止性問題に陥る。

これに対処するため、現代のAIには統計的にアプローチするものが出てきている。ビッグデータと計算パワーを使って部分的に精度を上げるのに成功しているが、人間の専門家の思考とは違う。

Artificialはnaturalの反対語でもあるから、人工と訳すが、人造ダイヤなどのまがい物という意味も多分にある。但し、人造人間といえば、かなり人間的で役に立つ気もするが、逆に映画でも有名なターミネータのように恐ろしいイメージもある。

Intelligenceは知能と訳すが、そもそも知能とは何か。

Intelligent Systemより少し軽いものにSmart Systemがある。Smart がCleverを意味するのに対し、Intelligent はWiseに対応する。この意味で、Intelligenceは、人や人類の幸福を実現する、より知恵的なものであろう。

 

 

 

AIは人類を幸福にできるか?

 

会社存立のため利潤追求が必要な産業界で利用できるコストで、このレベルの自動システムを製造するのは容易ではない。

電車や車などの自動運転を考えるとすぐ分かるように、産業界では特に信頼性が問題になる。

レイ・カーツワイル氏は2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点)に達しAIは全人類の知能を超えると言う。しかし、計算(論理)に頼るAIには枠(フレーム)を限定しないと解が得られないフレーム問題の限界がある。

現実と線を引いて枠を固定するチェスや将棋といったゲームで特定の名人に勝てても、産業の究極の目標である(べき)人類の幸福の実現は容易ではない。人類の幸福を実現するに際し、計算の面で人間を凌駕する部分がますます増加する程度かと思う。

それも意外なところで性能が決まる。深層学習AIなど、人や顔の画像認識では中国のシステムが極めて高精度とのことである。13億を超える人口の(ビッグ)データから学ぶ(難しく言えば帰納推論を用いる)からである。

しかも、これらAIの画像認識はターミネータなどにあるように悪用されることもある。AIが人類の幸福を実現するのは容易ではない。

 

「ぬくもり」はまだ遠いけど

 

AIは、学会でも産業界でも期待されない冬の時代を何度も潜り抜けて発展してきた。冬の時代とは、具体的に1970年代、日本のバブルやブラックマンデー後の90年代、21世紀は、米国中心のITバブル(IT革命)後、2008年のリーマンショック前後までの数年である。

人工(人造)だから人間と同じように作る(模擬/シミュレートする)と言っても、結婚して子供を作り育てるわけではない。ましてや、食っていけるだけのプロ並みの能力と人格、つまり知能(Intelligence)を持つ(大人の)人間を作るまでは真似できない。

人間の知能・知識を組み込み模倣するプログラムを作ったとしても、所詮は計算(論理)であり、神経の通った身体のぬくもりは持たない。

これらを考えると、心身をいたわる優しさのある、温かい真の幸福を追求する知能において1つのAIが全人間の知能を超えるのは2045年より果てしなく遠いと思う。しかし、2045年AIシンギュラリティは米国が牽引する2020年代(以降)のAI革命に向けた一種の標語の意味を持つ。恐れ多いかもしれないが明治維新、いや世界維新の錦の御旗である。冬の時代を何度も潜り抜けてきたように、このAI革命に向け、AIは一歩一歩前進するはずである。後述の通り、2000年代のIT革命では遅れをとり停滞気味の日本の産業や国民のさらなる幸福にとって、その必要性は高いと思われる。

 

もっともコンピュータ・半導体などのハードウェア(金物)は技術発達により高速・安価になった。このため、計算(論理)の部分はますます人間を越えてきている。

脳の神経回路網のまがい物・人工物であるニューラルネットワーク (ニューロコンピューティング)も金物(ハードウェア)の発達により、今世紀に入り深層学習とよばれるAI技術に発展した。

ニューロコンピューティングなど深層学習より前の世代のAIは株ではリーマンショックを引き起こし、人類を不幸にもした。過去の負い目を持つが、深層学習AIは、画像認識能力を顕著に向上させ、様々な産業応用が試みられている。

 

 

 

「知能のまがい物」が作り出す不安

 

深層学習が頼る計算機の速度も毎年倍増の勢いだったのが、光速や原子サイズなどの限界に阻まれ近年は進歩が止まってきている。この打破のため、最近ではグリッドなど並列分散化が進んでいる。

但し、本格的なAIの実現には2倍の規模の問題なら10の2乗の100倍、5倍なら5乗の10万倍などの指数関数的な計算速度の増大が必要である。

とはいえ近年、この壁を乗り越えるために量子・光子コンピュータの開発が再び盛んになってきている。2045年にAIつまり人間の知能のまがい物が、人間をどれだけどの部分で越えられるか楽しみではある。

ところが、頼みの綱の量子コンピュータなども逆に暗号破りが容易になるなど、社会不安を生み出している。米ソ冷戦後の世界情況予知AI(後述)の経験などを考えると、社会不安どころではない。

人間の幸福追求支援のための産業応用には、あと20年では人間を越える部分は、まだ一部と思う。緊縮財政や某省の汚職などもあり、AI技術育成に公正・公平に資金が回らない現状もあり、特にそんな気がする。

ニューロコンピューティングの後継である深層学習AI技術はカナダ・アメリカで研究開発・検証された(大規模画像認識競技会ILSVRCで優勝、グーグルの猫画像認識、ともに2012年)。日本でも産業化・実用化が進んでいるが、自動認識のためのツールでしかない。人間を精神的・感情的・文化的・社会的に救うなど、真の幸福の追求(支援)というレベルに到達するには苦労する部分も多い。道は遠くても少しずつ実用化しフィードバックをして、より完全なものに育ててゆく必要がある。

 

AIも苦労する

 

産業界に居たとき、米ソ冷戦後つまり21世紀の日本を中心とする世界の情況予測AIの研究を少しやった。その影響もあり、尖閣などが騒がれているときAI(レベルの)ロボットが日本を救う夢を白昼夢ふくめ何度か見た。

日本を救うといってもAIロボットだけではできず、主役は人間であった。政治・経済などに聡い人々との協調も不可欠であった。隣国を刺激したり、挑発に乗ったり、騙され・嵌められたり、捕虜・裏切り者にされたり、しかも世界の世論・情勢、時代の流れが読めない事を考えると英雄的AIでさえツールでしかなかった。それも、他のロボットや(上官・幹部・参謀・司令官や上級文官・政治家を含む)人間との協調、特に分掌・責任問題でかなり苦労していた。

 

 

情報は「宵の明星、明けの明星」

 

昔から、AIには身体性がない以外にも、常識をもてない、空気あるいは文脈を読めないという問題があった。良くて極めて狭い範囲の専門家である。

上記の幸福の追求に関して言うと、日本は日清・日露戦争で中国やロシアなどの大国に勝った。軍人(専門家)が力を持って来た。

戦争は強かったが、考えが狭く世界の微妙な空気・情勢を読めなかった。国際世論や大国を敵に回して戦い、300万の国民を犠牲にして敗北した。「長いものには巻かれろ」の国民性もあり、シビリアンコントロールもきかず、政治・経済に聡い人たちを武力で抑えつけ、協調できず国を守れなかった。

今はWeb上の知識(集合知)が広く豊富にあるので、狭い考えには陥らないと単純には思われる。しかし、Webやツイッターの情報から、人々・地域・国々のその時々の状況・文脈に適合した問題解決に有用な知識までを得るのは容易ではない。

汎用的だから知識と言うのだろうが、地理的・時間的に異なる状況・文脈を読むための知識は常に新しく動的なものである。それらの知識の選択は再び文脈・状況に依存するため、さらに難しい。

これらはWebにあるものだけでは対応できない。ツイッターなどはデマも多い。

Webにあるものが全て正しいとしても、状況によっては白が黒になる。例えば朝に見える金星は明けの明星で夜に見えるのは宵の明星と定義されている。もちろん、教科書でも内容が違う知識すらある。

 

それでも育てるべき理由

 

そもそも現在、産業に展開されているAIは、高度な自動機械あるいは、その頭脳の役をするものである。例えば、インターネットの発展に支えられた車の自動運転に使われようとしている深層学習AI技術である。

この技術は、ニューロコンピューティングを数十倍以上多層化・大規模化したものである。

ニューロコンピューティングは脳の神経回路網を模擬したAIである。ファジー(真偽のグレイゾーンを数値化できる)・ルールベース(If~then~文の集合)などのAI技術とともに産業界で使われ始めた。一部ではあるが電車の自動運転や、洗濯機など家電品の自動化に適用してきた。国の主導で始まった1980年代のAIブーム(第5世代コンピュータ開発計画ICOT)の時代である。

但し、多層化などはコンピュータの計算力やメモリー、さらには通信技術の大幅な進歩に依存するところが大きい。

カウンセリング・対話システムAIも注目されている。とはいえ、上記の知識の問題があり容易ではない。入店案内や自動注文パネルもある。

ただ、高級料理店のように柔らかさ優しさを必要とするものでなくても、ファミレスの気の利いたサービス、あるいはコンビニなどでの応対も難しい。

しかし、米国や中国にはきめ細かなサービスはできないが自動注文、配膳のシステムが出てきて、日本より進んできている。一方、日本にはホテル受付やレストランの席案内・注文の自動化なども出てきているがわずかである。

少子化と移民・外国人依存が拍車を掛けGDPが伸びず米・中などに比べ国力が衰えている。AIを持続的に発展させないと、江戸時代のように眠りを覚ます蒸気船・黒船が出てきて戦争に駆り立てられ、ペシャンコにされる。

 

 

 理系も文系も王道もない

 

以上まとめると、量子・光子コンピュータなどの再開発の動向もあり、AI技術がじわじわと進んでいるのは事実である。

ただ何度も苦難/冬の時代を打ち破ることを繰り返してである。あきらめて理系離れするようでは技術が伝承されず産業が衰退する。少子化と移民・外国人依存が拍車を掛け国力も衰え、人々の幸福は望めない。

 

人間の思考法と異なる部分があるといっても、人間以上の思考(まがい)能力を持つ部分が増えつつある技術がAIである。AIを持続的に発展させないと、蒸気船ならぬAI黒船が出てきて江戸時代のように眠りを覚まさせられる。核ミサイル・遺伝子操作・株価操作や、それ以上のAIロボット・ドローンなどの黒船に脅される。

それどころか日本は世界トップレベルの地震・風水害の自然災害列島である。数千年に一回の超大災害が起ったりして、列島壊滅の恐れもある。

欧米は、親子代々純粋数学の研究をしたり、冬の時代でもAI研究を持続したりして、まだまだこれからの技術であるAIを含め技術の花を次々と咲かせてきた。日本は、欧米で芽が出たら産業に応用し改良し、欧米で次の芽を出すのを待つ。

昔は、資本主義繁栄のため第二次大戦で大金持ちになった米国が1ドル360円の固定相場制にし輸出をしやすくしてくれた。自国で開発した技術やその情報を教えるなど支援さえしてくれた。しかし、日本がバブル景気(1980年代)になると、これに対抗して変動相場制(1985年〜)にした。1ドル100円前後になった。技術・情報も出さなくなった。21世紀はますますそうなる。今世紀初頭までの米国のITバブル(IT革命)にも日本はほとんど乗れなかった。

幸福の追求につながるWiseレベルのAIは、政治・経済さらに人道など世論にかかわる心理学・宗教・社会学に関して協調が不可欠である。このように、AIは文系的な要素も多い。文系の人も取り組む/取り込むべきだ。理系や技術者だけで開発・応用するとAIの専門狭隘化の問題は解決が難しい。

人を害するリスクすら大きく、産業の究極の目標である(べき)人類の幸福の実現は容易ではない。

広く持続的に人を育て(幸福追求型の)AIを研究し発展させてゆく必要がある。王道はない。必要なところに資金や人が流れない現状の打破なども含め、日本人の勤勉さを生かし、こつこつやってゆくしかない。まずは、2045年AIシンギュラリティを錦の御旗と考え、2020年代(以降)のAI革命に向け、幸福追求型のAIを一歩一歩進め、停滞気味の産業を復活させ、日本を豊かにしたいものである。

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鶴田 節夫

鶴田 節夫

東京電機大学 名誉教授
早稲田大学理工学部、名古屋大学大学院にて、オートマトンとよばれるチューリングマシンなどのコンピュータ科学を研究。理論的研究に特化してITやAIの基礎理論を学ぶ。修士論文では、あるクラスのオートマトンとコンピュータ言語(形式言語)の計算能力の等価性に関する証明などを行い発表。
修了後、日立製作所でコンピュータネットワーク・言語、ソフトウェア工学、列車運行管理などリアルタイム制御・コマンドアンドコントロールシステム、およびAIを研究。これら計算機システムやAIの応用研究をまとめて、工学博士号(名古屋大学)を取得。
その後、東京電機大学の教授となり、産業界での実績を生かし、分散知能システムやAIの研究・教育に携わる。AIの教育に関しては東京工業大学で約10年講義し、明治大学大学院で約20年ゼミを開講。
AIやその産業応用であるインテリジェントシステムや高知能ロボットに興味を持ち、退職後も東京電機大学名誉教授として後輩を指導しながら、大学でやり残したAIシステムやその実用化の研究を進めている。国際講演論文・国際学術論文誌など百編以上を出版。

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