シンギュラリティ?んなもん来ねえよ。

シンギュラリティは来ません。なぜそう言い切れるかというと、私自身が実際に「AI」と呼ばれている技術を利用して数々のシステムを開発してきたからです。

現在の「AI」をプログラムソースコードレベルで把握している自称ホワイトハッカーの私にとっては、現時点での「AI」は多数の行列を連続的に適用して空間Aから空間Bにプロットしているだけの数式の塊です。その数式内のパラメータを多数の既知のデータを使って統計的にパラメータフィッティングし、活性化関数という概念を加えて確率論的にネットワークを再編成してうまくいったものを残す、というのがディープラーニングシステムの正体であり、この技術の延長線上にシンギュラリティなど「絶対に来ない」と断言できます。

ただし、現在「AI」と呼ばれている技術ではなく、未だ人類が発見していない未知の技術が発見されることによって、いわゆるシンギュラリティが起こる可能性は否定しません。むしろそうなってほしいと願っています。

しかしそれは現在「AI」と呼ばれている技術とは似て非なるものです。

おそらく現在のコンピュータとは全く異なるアーキテクチャの「装置」がそれを達成するでしょう。そういったシンギュラリティにつながる本当の意味での人工知能と区別するために、現在の技術で実現されているものをカッコつきで「AI」と表現することにします。

 

 

それでもAIは神秘的である

とはいえ、この「AI」がそれでも画期的なのは、その仕組みがあまりにも単純でシンプルだからです。

数学でも物理でも真理を表すいくつかの公式はあまりにも単純でシンプルだからこそ美しいと感じますが、「AI」もそれに近いものを感じます。

「AI」は脳を構成する神経細胞と網目状に接続するシナプスネットワークを、コンピュータプログラムで模しただけのシンプルな計算式の無数の繰り返しです。そのような単純なプログラムが画像を見ただけで犬と猫を判別できるようになった。これは我々コンピュータ技術者から見ると画期的であり、その仕組みのシンプルさゆえに極めて神秘的に映ります。世界のIT技術者が「AI」に熱狂したのは神秘的であるからだと思っています。

 

この「AI」ですが、その原理から見て実現できることは非常に限られているものの、それでも原理を知っていれば非常にたくさんの応用先が容易に思い浮かびます。
例えばお客様に電話応対するコールセンター。

米国や中国の一部の業界ではすでに電話応対の大部分を「AI」が自動応答する仕組みが実現されています。「AI」が電話先の顧客の言い分を聞き取り、過去の回答例や模範解答から適切な回答を自動生成する仕組みです。

「AI」では正確に対応できなかった残りの数割だけを人間が対応すればよいので、一気にコールセンターの合理化が進みました。またオペレーターも分厚いマニュアルを読み込むことなく「AI」が妥当な回答案を自動作成してくれるので、仕事が非常に楽になったことでしょう。

同じ「AI」を使って、法曹界や医療界での「エキスパートアドバイザー」がもうじき実用化されるでしょう。

分厚い六法全書や膨大な過去判例を暗記しなくても、「AI」が類似判例から妥当と思われる量刑を導いてくれる検事や弁護士向けのアドバイザーシステム。あるいは膨大な医学論文や治験データ、医薬品データベースなどから妥当な治療方針案を策定してくれる医師向けアドバイザーシステムはコールセンターのシステムの技術的延長線上で実現が可能です。

このように「AI」は人間が苦手とする部分を補完するシステムとしては極めて有用であり現時点ですでに十分実用的に動作します。

「AI」によって仕事が奪われる時代は確実にやってくる。それもすぐに。

このように「AI」は仕事の難しい部分やめんどくさい部分を補う技術としては極めて有用であり現在すでに十分実用的です。

人類の生活を豊かにするためには必須の技術となりつつあり、これからありとあらゆる分野に実用化と導入が進むでしょう。

それによって一部の人達が心配しているような「AIによって仕事が奪われる」時代は間違いなくやってきます。しかも予想されているよりはずっと早く、かなりの部分で人間の職業が「浸食」されるでしょう。

ところが、ディープラーニング技術をベースとする現在の「AI」は、0.1を0.9にすることはできても、ゼロを0.1にしたり、0.9を1.0にすることが原理的にできません。ゼロから0.1を生み出すことや、0.9を1.0にすることは、これからも人間の役割です。

そこに求められる「人間ならではのスキル」は、発想力と決断力が代表的なものでしょう。発想力と決断力のある人間は、人間的魅力にあふれる人でもあります。ここに、「AI」時代を生きていくための大切なヒントがあると思っています。

 

地下鉄駅の通路で、工事中のため迂回するようにと朝から晩まで延々と壊れたテープレコーダーのように繰り返す汗だくの警備員。労働者の雇用を確保するという意味では意義のある仕事かもしれませんが、このような仕事はロボット監視員でも代替が可能です。

肉体的、精神的に苦痛を伴う仕事は、21世紀のうちに廃絶するべきであると考えています。実はこういう仕事にこそ、「AI」が向いています。

まもなくやってくるAI時代には、人間はもっと人間らしい仕事だけをする世界になっていることでしょう。

 

執筆者プロフィール

須澤通雅
須澤通雅日本ラッド株式会社 代表取締役社長
1968年埼玉県生まれ
京都大学工学部化学工学科卒、同大学院工学研究科修士
石油精製プラントエンジニアからネットベンチャー3社を経て2009年より日本ラッド所属。
趣味から始めてプログラマー歴40年。
他に趣味としてピアノ、ドライブ、カトリック教会巡り(ゴシック建築マニア)など。