乳幼児の認知と発達の心理学 その2)社会性認知の発達

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山口 真美

中央大学文学部心理学教室、教授。赤ちゃんの視覚認知の発達と顔認知の実験的な研究に従事している。赤ちゃん研究では国際的な研究を発信し、各国の研究者と研究交流しながら、一般向けの著書を多数執筆。

新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―他文化をつなぐ顔と身体表現―」領域長。(株)ATR 人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、現職。博士(人文科学)。

日本赤ちゃん学会副理事長、日本心理学会理事。著書に『自分の顔が好きですか?「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)『発達障害の素顔―脳の発達と視覚形成からのアプローチ』(講談社ブルーバックス)、『赤ちゃんは顔をよむ』(角川ソフィア文庫)、 『赤ちゃんの視覚と心の発達』(東京大学出版会)など。

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1. 赤ちゃんは生まれつき顔を見る能力を持つ

 

赤ちゃんの顔を見る能力は、ゆっくりと発達する視覚機能とは対照的だ。生まれて一度も顔を見た経験がない新生児でも、顔を見ようとする。事の発端は1960年代、言葉を喋ることのできない乳児を対象に認知能力を調べる実験手法を開発する中で、乳児が顔を好むことが偶然発見された。図1のように、単純化された顔図形を新生児は好むのである。

 

図1. 新生児を対象に、顔を好むかを調べるために使用した顔模式図形。新生児は左二つの図を好んだが、右二つの顔配置が崩れた図には好みを示さなかった。Morton, J. and Johnson, M.H. (1991) “CONSPEC and CONLERN: A two-process theory of infant face recognition”, Psychological Review, 98, pp.164-181.

 

それ以降、言葉で「顔が好きなの?」と聞くことができない赤ちゃんが、ほんとうに顔を好んでいるかを調べるため、様々な実験が繰り返し行われた。たとえば白黒のコントラストがはっきりした目は、視力の悪い赤ちゃんにとっては目立つため、好みを引きだす要因となっているかもしれない。ただしそれでは新生児は目を好んでいるのであって、顔を好んでいることにはならない。顔そのものへの好みが本当にあるのかを徹底的に調べるため、顔の特徴をバラバラにしたり、顔らしさを減らした図形を作ったりして赤ちゃんの好みが調べられた。

顔が顔として成立する定義は、目や鼻や口のそれぞれの特徴にあるのではなく、目鼻口の配置にある。それは枯れ木に幽霊を見る、大人の顔の見方ともつながっている。パレイドリアとかシミュラクラ現象などと呼ばれ、ネットでも話題で、これらの用語を検索するとたくさんの画像を見ることができる。様々な国で数々の本も出版されている。ドアやコンセントや家や木やカバンなど、顔とはまったく関係のない日常のありふれた風景の中に「顔」を見つけだし、その意外性を楽しむのである。顔を見つけ出すポイントは、二つの目と口の位置にそれらしきものがあるという点である。こうしたパタンを見出すと、たとえそれが顔でなくても顔と誤認識してしまうのだ。

そしてこの顔を見る際のポイントは、新生児にも共通している。新生児の実験では、顔の特徴をバラバラにして目鼻口の配置パタンをなくすと好みが消えた。つまり新生児も目や口といった特徴を好むのではなくて、顔の配置を好むことが明らかになったのである(図1を参照)。さらに2000年代の研究では、目鼻口の特徴を消した四角を並べた図形も好まれることから(しかも、逆さにすると選好は消えた)、新生児でも配置が重要であることが示された。これは「トップヘビーの法則」と呼ばれ、成人と同じような顔を検出する仕組みを新生児が持つことが証明されたわけである。

 

2. 言葉と顔の壁は、赤ちゃんから

 

 

生まれたばかりの赤ちゃんは、世界中のあらゆる言語を聞き取る能力をもつ。ところが生後1年近くになると、このヒアリング能力は母国語だけのものとなる。時期を同じくして、顔を認識する能力も同じように母国語を話す人だけに限定される。

英語圏の赤ちゃんは生後半年頃まで、英語もヒンズー語も分け隔てなく、それぞれの言語に特徴的な母音や子音を聞き分けることができた。大人と異なるスーパー能力である。ところが生後1年近くなると、英語圏の大人と同じように、聞きなれないヒンズー語の聞き取り能力が失われることが実験によって示されている。同様な結果は、様々な国の言語で再現されている。日本人でいえば、日本人が不得意とするRとLを区別する能力が生後半年の乳児にはあり、その後に失われるという。

顔認知も、生後半年頃はスーパー能力といえる。大人の目からすると、同じように見えるサルの個体の弁別や羊の個体の弁別を、人の個体の弁別と同じように顔でできる。それが生後1年近くなると、サルや羊の顔の区別はできなくなっていく。

このように、言葉と顔の認識能力の発達は同時並行で発達する。小さい頃の文化を越えたオールマイティな能力は、言葉と顔に共通する。生まれてわずかの間、あらゆる国のあらゆる言葉や顔を見分け、聞き分けることができる。それは生まれながらにもった能力ともいえよう。それが生後1年という期間で、言葉も顔も、身の回りの環境に限定されてしまうのだ。

オールマイティな能力を失うことは、一見すると損に感じるかもしれない。しかし自分の周囲の環境に適応することは極めて重要だ。生まれた時の聞き取り能力は、広くて浅い。言葉の獲得には、自身の使う言葉を間違いなくしっかりと聞き分ける必要がある。そのため母国語の聞き取りの感受性をあげ、結果として、使う必要の無い言語の聞き取りを捨てることになる。

外国語の聞き取り能力を捨て去らないと、母国語の学習に問題が生じる可能性も示されている。生後7ヵ月の時点で、外国語の聞き取り能力を失った子とそうでない子を振り分け、その後の言語表出や語彙能力などの言語能力が調べられている。結果、外国語能力を失わなかった子は、母国語の語彙能力に若干の遅れが見られた。外国語能力をより多く失っているほど、2歳の時点での母国語の能力は高くなり、複雑な文を話せるようになったという。

顔と言葉の認知はそれぞれ脳の異なる場所で処理されているので、連動して発達するとは驚くべきことである。顔と言葉の共通点は、コミュニケーションで使うことにある。どのような言語環境や顔の中でコミュニケ―ションをしていくか。自分が属するコミュニティの一員としてコミュニケーションを取るために、顔と言葉を学習することが重要となるのだろう。

 

3. 目で表情をよむ日本人、口で表情を読む欧米人、その違いは赤ちゃんの頃から

 

目の前の相手の顔のどこに注目するかは、文化による違いがある。相手の目を見て話すのは欧米人の発想であり、日本人は見知らぬ相手の目を見ることは失礼と感じる。こうした文化の違いを調べるために、欧米文化圏と東アジア文化圏の人々を対象にアイ・トラッカーを用いて視線の動向を比較した研究がある。その結果、一般にいわれるように欧米文化圏では見知らぬ人の顔を記憶するときに目を見るのに対し、東アジア文化圏では目を避ける傾向が強くみられることが示された。それぞれの眼球の動きを測定することにより、顔を見る文化差が明確になったのである。

相手の顔から表情を読み取る時の文化差もある。こちらは東アジア文化圏の人達が目に注目するのに対し、欧米文化圏の人達は目よりも顔全体を見ようとする。こうした違いは、表情の作り方の違いによると考えられている。それは日本発祥の「絵文字(emoji)」にも象徴的に示される。日本の絵文字が目で表情を伝えていたのに対し、欧米の絵文字では口で表情を伝えるように変わっている(図2)。実際に欧米人は大げさに表情を作り、特に口を大きく動かすのに対し、一方の東アジア人は目で表情を作る。それぞれの表情の作り方に合わせて、どこに注目するかも変わっていったと考えられるのだ。

 

図2. 上段は日本の絵文字(emoji)、下段は欧米の絵文字。日本の絵文字は目で表情を伝えるのに対し、欧米の絵文字は口で表情を伝えている。

 

私たちの実験室では、表情を見た時の赤ちゃんの視線の動向をイギリス人の赤ちゃんと比べる実験を行った。その結果、生後7ヶ月児も大人と同じ文化差を示すことがわかったのである。イギリス人の赤ちゃんと比べると日本人の赤ちゃんは、表情を見る時、日本人の大人と同じように相手の目元に注目する傾向があった。一方のイギリス人の赤ちゃんは、口元を見る傾向があった。顔の見方のそれぞれの文化への学習は、1歳を待たずして始まっている証拠である。

 

4. 赤ちゃんに顔を覚えてもらう秘訣

 

最後に、赤ちゃんに顔を覚えてもらう秘訣について触れておこう。

生後4日の赤ちゃんも、母親の顔を記憶している。母親と見知らぬ女性を並べて立たせ顔だけを見せると、母親の方をよく見ることが報告されている。ところがスカーフで髪型を隠すと、母親顔を好まなくなった。別の研究者の実験から、髪型を隠しても母親顔を区別できるのは、生後4ヵ月頃と示されている。

生後3ケ月くらいの赤ちゃんを持つお母さんからは、髪型を変えたら変な顔をされたとか、お風呂で眼鏡を外したら泣きだされてしまった、などのエピソードを聞くこともある。視力の未発達な幼い赤ちゃんは、目立って見えるコントラストのはっきりした髪や眼鏡で、お母さんの顔を区別しているのだろう。生後2ヶ月くらいまでの乳児では、周りを囲まれるとその中にある形に注目できない「枠組み効果」もあり(図3を参照)、顔の周りを囲む髪型に注目し、顔の中まではよく見ないのかもしれない。

枠組み効果は中の図形を動かすと消えるという実験結果もあり、また、顔を動かすと記憶されやすいという実験結果もある。幼い赤ちゃんに自分の顔を覚えてもらいたいなら、声をかけたり表情を付けたり、顔を動かすことが大切なのだ。

図3.「枠組み効果」の図。幼い乳児は周りを囲まれるとその中にある形に注目できない。この場合、周りの円は認識できても、中の三角は円で囲まれているため認識できない。

 

赤ちゃんに顔を覚えてもらうために重要なもうひとつのことは、顔を見せる角度にある。

これまで説明した 、新生児や赤ちゃんの実験で使われた顔、そのほぼすべてが正面から見た顔を使っている。顔を見るポイントが、目が2つ口が1つの「トップヘビ ー」にあるとしたら、目が1つに見える横顔は、顔として見るのは難しいことがわかるだろう。私たちの実験では、正面顔と横顔を生後5ヶ月と8ヶ月の赤ちゃんに見せ、顔を処理する脳の活動を近赤外線分光法(NIRS)で計測した。その結果、生後8ヶ月では正面顔でも横顔でも脳活動がみられたものの、生後5ヶ月では正面顔を見た時だけ活動がみられ、横顔では活動がみられないことがわかったのである。

この結果は、月齢の低い乳児にとっての顔は正面顔であり、横顔は顔とみなされない可能性を示すものだ。幼い乳児と触れ合う際には、目と目が合うように正面で対峙すること、携帯を操作しながら横顔で乳児に接していたら、そこに顔があることすらもわかってもらえない可能性があることを頭に入れておくといいだろう。

 

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山口 真美

中央大学文学部心理学教室、教授。赤ちゃんの視覚認知の発達と顔認知の実験的な研究に従事している。赤ちゃん研究では国際的な研究を発信し、各国の研究者と研究交流しながら、一般向けの著書を多数執筆。

新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔身体学の構築―他文化をつなぐ顔と身体表現―」領域長。(株)ATR 人間情報通信研究所・福島大学生涯学習教育研究センターを経て、現職。博士(人文科学)。

日本赤ちゃん学会副理事長、日本心理学会理事。著書に『自分の顔が好きですか?「顔」の心理学』(岩波ジュニア新書)『発達障害の素顔―脳の発達と視覚形成からのアプローチ』(講談社ブルーバックス)、『赤ちゃんは顔をよむ』(角川ソフィア文庫)、 『赤ちゃんの視覚と心の発達』(東京大学出版会)など。

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