日本人は元々国際社会人だった

時代は変わった。今日、中国、韓国、台湾、シンガポール、タイ、ベトナムといったアジアの諸国から、観光客と留学生が日本を目指している。75年前どころか、10年前でも考えられなかったことだ。これまでと人数が違う。それだけ、日本は国際的な国家になったのであろうか。

 

時代は戻ったのかもしれない。奈良時代、大仏完成を祝う為にアジア諸国から集ったと言われている。明治後期から日本人はブラジルへ移住したことが象徴しているように、世界を回っていた。つまり、日本人は元々国際社会人であった。それが、第二次世界大戦後から、急速に「単一民族」になってしまったという研究も数多くある。

 

マスコミによる政治の報道は、ここでは置いておこう。アジア諸国の人々が、日本を目指していることは、確かなことである。日本に憧れ、日本で学び、日本で専門家として働きたがっているのだ。私はそのような留学生を多く知っている。彼ら彼女らは真面目で、真剣で、本当に日本を愛している。

 

そのような彼ら彼女らを、日本人は「国際人」として受け入れるべきであろう。私がNYCへ行った時は「何人」など問題にされなかった。「東洋人?」と一人に聞かれただけだ。韓国や台湾へ行っても、差別はされなかった。思っている以上に、外国人は日本人に対して好意的なのだと私は思っている。それならば、日本人も外国人に優しくするべきである。

 

実力で勝ち取った展覧会

ゴ イツケン(WU YI-SHUAN|呉 逸 萱)もその一人である。彼女の略歴が凄いから、ここに再録する。

 

1991 台湾 台北生まれ

2017-2019 多摩美術大学大学院 絵画専攻日本画領域

2013      台湾 東海大学美術学科膠彩専攻 卒業

 

現在、29歳。22歳で台湾の大学を卒業し、4年後に日本の多摩美術大学大学院に入学している。画廊で仕事をしながら自らの作品の研鑽を積んでいたのであろう。展覧会歴を再録する。

 

2019 「呉逸萱個展」ギャラリー美の舎,東京,日本

2019 「新東洋岩彩薈萃—當代日本画展」Neptune Gallery,台北,台湾

2019 「平成30年度 第42回 東京五美術大學連合卒業・修了製作展」国立新美術館,東京,日本

2019 「第42回三菱商事 ART GATE PROGRAM」入選,東京,日本

2019 「Crossover—多摩美術大学台湾人連合制作展2019」ギャラリー ルデコ,東京,日本

2019 「これから—日本留学アート・デザイン展」一介Gallery,成都,中国

2018 「第41回三菱商事 ART GATE PROGRAM」入選,東京,日本

2018 「TAKEDA.ART/HELP.BREAKTHROUGH」入選,EKATERINA Cultural Foundation,モスクワ、ロシア

2018 「広州デザイン展—生活美學與日常的對白」広州保利世界貿易センター,広州,中国

2018 「ギャラリー美の舎学生選抜展」ギャラリー美の舎,東京,日本

2018 「多摩美術大学大学院日本画研究領域二年生展-瞬き」佐藤美術館,東京,日本

2018 「第54回神奈川県美術展」入選,横浜,日本

2018 「ACT ART COM」The Artcomplex Center of Tokyo,東京,日本

2018 「第39回三菱商事 ART GATE PROGRAM」入選,東京,日本

2018 「岩顔 呉逸萱個展」日閑スタジオ,台北,台湾

2017 「第37回 三菱商事 ART GATE PROGRAM」入選,東京,日本

2016 「第7回東京アンデパンダン展」Earth plus Gallery,東京,日本

2016 「第12回 ベラドンナ・アート展」東京都美術館,東京,日本

2016 「プチベラドンナ展」アモーレ銀座ギャラリー,東京,日本

2015 「第14回 台湾芸術家アートフェア」台北美術館園区,台北,台湾

2015 「Young Art Taipei ヤングアート台北 」シェラトングランド ホテル,台北,台湾

2014 「Young Art Taipei ヤングアート台北」リージェント ホテル,台北,台湾

2014 「台湾九美術学科 優秀卒業生連合制作展」台中市文化中心大墩画廊,台中,台湾

 

2016年には、来日していたのだろうか。この年、既にグループ展で作品を発表しているとは大したものだ。日本の大学院に入るには日本語は勿論、研究計画書、ポートフォリオ(作品集)、新作を用意しなければならない。同時に、小論文と面接の練習も欠かせない。その中でグループ展でも作品を発表するとは、何と意欲的なのだろう。

 

イツケンは展覧会歴の通り、多摩美術大学大学院修了間近に、個展を開催した(2019年3月5日(火)-3月10日(日)|ギャラリー美の舎)。展覧会開催の理由がギャラリーのWebに書いてある。「吳逸萱は2018年ギャラリー美の舎 学生選抜展で奨励賞を受賞しました」。イツケンは実力で勝ち取ったのだ。この展覧会をレポートする。

 

 

イツケンは円形の小品3点、矩形の中品7点、円形の中品1点、直径150cmの円形作品《万華鏡の夢》を1点、100cmを超える矩形の作品を2点、ギャラリーに展示した。制作年は《万華鏡の夢》が2017年で、それ以外は全て2018年である。素材は全て岩絵具、銀箔、土佐麻紙で、一部の作品には金箔が使用されている。

展示風景(手前が「万華鏡の夢」)

 

展示風景

 

展示風景

 

展示風景

 

作品部分

 

今年の新作は修了制作展(五美大展|六本木国立新美術館|2019年2月21日(木)-3月3日(日))で発表し、更に巨大な新作の写真が送られてきた。イツケンをweb検索すると、何と「未来の巨匠を探せ オークションで若手アーティストを支援:朝日新聞GLOBE+|2019年2月3日」で登場しているのではないか!台湾の画廊で働いていたため、慣れていることもあろうが、何と積極的なのだろう。

 

 

広く学ぼうという意思

個展に入ってみると、何と煌びやかな作品が並んでいることであろう。日本とか台湾とか関係ない。イツケンの世界が実現されている。繊細で、大胆。輝いているのに、落ち着いている。精密な描写が留まっていると思えば、ディフォルメされ抽象化された勢いのなる作品が目に飛び込んでくる。

 

これはイツケンが、日本画の装飾性をよく学んだことに由来するのであろう。明治以後の洋画は写実、日本画は装飾と言われてきた。イツケンは装飾的でありながらも実を求めているので、新しいタイプであるともいえる。無論、新しいから良い訳ではない。イツケンの作品の良さは広く学ぼうという意思が深く介在している点にある。

 

円形の支持体を使うアーティストは多くない。日本では内海信彦間島秀徳が特に先鋭的に円形の支持体を追求している。イツケンがこの二人を知っているのかは私には知る由もないが、イツケンはこの二人とはまた異なった円形の支持体の使用方法を研究しているように感じる。それは万華鏡という作品名に現れている。いずれにせよ、イツケンの研究の熱心さに私は感銘を受けるのだ。

 

「詠歎」

 

展示風景

 

展示風景

日本画は「現代美術」だった

日本画って、実は明治以後に出来た概念だって知っていますか?開国して入ってきた洋画に対して「この国に洋画に匹敵するモノってなんだろ」ということになり、急遽!日本画を当時の「現代美術」として創出し、古い仏教什器を「古美術」としたのだった。

 

平安時代は、日本独自の文化が発達した。この中国の「唐絵」に対して日本の「大和絵」という概念が出現したのと同じような感触なのかもしれない。つまり日本は、古くは「中国」、明治期は「欧米」に対して張り合っている。この傾向は今も同様かもしれない…。

 

ヨーロッパの美術館へ行くと、わざわざ「ドイツ美術」「フランス美術」「イタリア美術」と分かれていない。まあ、大陸が続いているし、ドイツ、フランス、イタリアという「国家」が形成されたのも近代だから、以前の名残があるのだろう。しかし日本にある「国立西洋美術館」や「アジア美術館」、東京国立博物館内にある「東洋館」という発想は、よくよく考えるとちょっと不思議な感じがする。

 

日本画が洋画に対して近代に出てきたのであれば、アジアだけではなく様々な留学生が学ぶ今日において、何を日本画と呼ぶべきか。または、日本画という概念は未だ通用するのかといった問題が出てくる。「アジア画」とすれば大東亜へ戻るし、日本人が描けば日本画になるのも変だし、既に多くの日本画家が日本画の材料以外のアクリルなどを使用している。日本画再考の時期にも差し掛かっている。

 

このような動向の中で、イツケンのような優れたアーティストが増えていくだろう。私は日本画に拘らずに現代美術として考えていこうとしている。いずれにせよ、イツケンのように日本に来てこの国の文化を勉強し、世界と通じる作品を創ろうとしている者達を、我々は応援すべきだと思うのだがどうだろう?一つ、考えてみて欲しい。

 

執筆者プロフィール

宮田 徹也
宮田 徹也美術批評/研究
1970年横浜生まれ。中学不登校、高校1年生を3回、2年生を3回やって中退。大検合格から自己推薦で和光大学に入学。6年かけて卒業、浪人を経て修士課程入学、普通に修了。街をさ迷い、批評活動を開始。専門学校、予備校の講師、大学の非常勤勤務。小さな新聞や雑誌、美術展のパンフレットなどに執筆。敗戦後日本前衛美術、ダンス、舞踏、音楽、デザイン、映像、文学、哲学、批評、研究、思想を交錯しながら文化の【現在】を探る。