人間でいようよ

 

暑い!夏は暑いに決まっている。汗を流して、日陰で風を感じる時が最高。

それは単に理想であって、実際にはクーラーがビンビンに利いた部屋でゴロンしたい。冷たく甘いものが飲みたい。そうしないと熱中症になる。

ん?そうかね。そもそも熱中症って何?クーラーっていつからあったっけ。

それにしても騒ぎ過ぎじゃない?熱中症防止といいながら、商魂に走っていないか。原発を稼動させていないか。そういった批判は愚痴りたくない。

 

私は起きたらストレッチ15分、スクワットや腹筋背筋を15分、ダンベル体操(古い…)を15分、毎日行っている。

あー、これを書きたくなかった。恥ずかしいし、これっぽっちの運動では中学生の部活の準備体操でしかないし。

でも書かざるを得ないでしょう。効果があるのだから。

運動して、クーラーなし、トランクス一丁で原稿を書き、自宅で煮出したお茶を飲み、夏でも冬でも運動後は冷水を頭からぶっ掛ける。これを35年続けてきた。

 

カッコワルイ話をするぞ

なんて書くとカッコいいのだが、実はそれほどストイックではない(笑)。

まずは何年か休んでいたこともあるし、最近は時間がないので自分で勝手に名付けた「ハーフ」(全て半分)、「エディット」(50回のところを5回)などと称してサボっている。

何よりも体操がメンドクサイ、やりたくないので朝早く起きても煙草を吸ってボーっとしたり、WEBを愚図愚図見ていたりすることが多々ある。もう止めたいといつも考えている。腹もヘッコンでない。

 

それでも続けている意味は、サボった経験があるからだ。

朝の体操をやらないと、まず、腹が張ってくる。私は血液型がO型で、以前テレビで(テレビが住居に常にないにも関わらず!)O型は腸の菌がなんちゃらで、ともかくオナラが溜まりやすく、下痢をしやすいというのを見てしまい、それが思い込みに繋がっているのであろう。どのような食事であろうと、直ぐに下っ腹が張るのだ。

しかし運動をすると、解消される。

 

また、結局運動をしないと体が動かなくなり、するとストレスが溜まり、肉体的にも精神的にもシンドクなる。また、暫くサボると体力が落ち、回復するのに何年もかかる。

これっぽっちの体操をするためでも、体力が必要であることを私は知っている。

例えば開脚交互屈伸運動。左右10回やるのも、滅茶苦茶しんどい。これが出来る体力をつけるために、私は一年かかりました。運動するための準備は、怠ると大変なことになる。

これらは全て自己の35年の経験からきているのである。

 

ライオンは華々しく死ぬ

しかし、最近読んだ本に、外科医の小野博通(1941-)『サーロインステーキ症候群』(ちくま文庫|1986年)がある。

これまた古いのですが(笑)、階段を一段躓いて、自動車社会&偏食でカスカスになった骨が骨折することを問題にしている本だ。この時期はまだ駅にエレベータもエスカレータもなかった。つまり今はもっと酷い。ここに、やはり屈伸運動すら出来ないという記述がある。

私が好きなのは、以下の言葉である。

「カモシカは草食動物ですが、ライオンに襲われたとき、駿足をとばして逃げないことには、ライオンの餌食にされてしまうから、走れなくなれば一巻の終りです。だから野生動物には、老化とか、老境といったものが、ほとんどありません。ライオンは(中略)寿命がつきれば、巨大な朽木のたおれるように、華々しく生命の終末をむかえる」(167頁)。

ライオン同様、死ぬまで運動を続けるしかない。

 

 

私はサボりながらも運動して、独りの時はエレベータ、エスカレータを使わず歩き尽くす。大江戸線の六本木駅、みなとみらい線の元町中華街駅など地獄であるが、やる。

無理はしない。やりたくない時はやらない。しかし、これまた歩かないと体がダルくなる。

有酸素運動を主体とした運動は、歩くことによって補完される。画廊回りがあれば18,000歩は行くが、家で原稿を書いていると3歩とか(笑)。

 

無論、これは私の生活が今、夜間授業が主体だから出来るだけである。

朝8時出勤であれば、家を6時に出なければならない方々が大半を占め、オフィスが冷房ガンガンであることを私は知っている。

それでも朝、5分でもストレッチをすることを奨める。単に体が快適になるからだ。

お金があれば、スイミングやジムに通えばいい。もったいなければ、自宅で少しずつ、10年計画で、1年ごと、回数を増やすだけでいい。

人生、変わりますよ。

 

猿の出るギャラリー、横浜の蝉取り

ギャラリーからの風景

7月の半ばに呼ばれ、奈良の山奥でトークした。

これが本当に物凄いところで、小民家を改造したギャラリーに滞在制作をしたアーティストは、日暮れ時に猿をみたそうである。アーティストに拠れば、夜中にギャラリーで作業しようとしたところ、カマドウマと蜘蛛の攻撃を受けて、制作を断念したそうである。

夜のギャラリー

 

バルコニーでランチ

 

トーク中もオニヤンマとスズメバチが飛び交い、ぶっ倒れそうな日差しが襲ってくるが、私にとって何てことはなかった。

 

トークはまあまあ成功。奈良、大阪から、多くの方々に訪れて戴けて、本当に嬉しかった。オーナー手島美智子さん、アーティスト塚本ヨシツグさん、批評者京谷裕彰さんの人徳である。ありがとう御座いました。

©山崎亨

 

私は単純に「夏」を楽しんだ。

この間、私達は立石から横浜の港北区へ引っ越した。呑み過ぎのドタバタで横浜へ帰ってきた次の日、子供達と近くの公園で蝉取りをした。虫籠、虫取り網で小さな東横線妙蓮寺の公園を過ごしたのだ。

 

蝉取り

 

物凄く感動した。

妙蓮寺は私の生まれ故郷だ。私は暗くて嫌な餓鬼だったので、蝉取りなんかしなかった。それよりも感動したのは、奈良ではなく横浜に野生の昆虫がいることであった。

私が子供の頃、既にカブトムシはお尻に二つの穴が空いている養殖だった。ゲンゴロウなんてみたことない。

子供の頃、野生昆虫なんてイヤしないと悲観的であったのに、薮蚊に刺されながら野生の蝉を捕まえたことで、まだ大丈夫、取り戻せるとふと思った。

 

鳴き叫ぶ蝉

それにしても蝉の繁殖力は凄い。こんなに人間が汚してしまった大地から穴を掘って出てきて、木やフェンスに抜け殻を残して大量に飛び立つ。そして、ジージー、ミンミン、スイッスイッと鳴き捲り、バタバタと死んでいく。

 

死に至り蟻に喰われた蝉

私はフリーランスなので、引っ越す前に葛飾区で健康診断を受けてきた。運動はしても健康に気を遣っていない。煙草を吸い、記憶を無くすまで酒を飲む大馬鹿者である。家族がいるから受けているだけで自分に興味はない。

酒煙草は勿論、何を食べて排泄して、これまで病気をしてないかと医者は聞いて来るが、性交しているかとは一切聞かない。

性交は衣食住と同様、人間が活動する上で絶対に重要な事項だ。なかったり少なければ精神に異常が生じるし、多すぎたりするのもストレス過多なのかも知れない。では適量はどうかという問題ではなく、どのように重要視すべきかではないだろうか。

この問題を解決できる学問は存在しないし、タブー視されている。

 

「性愛」よりも大切なものがあるのか?

私の発想は女性から見れば「ただヤリタイだけ」であろうが、示す。

子孫を残すためは「生殖」。特定のパートナーとの愛情を確かめるのが「性愛」。自己の欲望のみを消化するのが「風俗」であるとしよう。

「風俗」はプロの仕事だから「生殖」のみ行っている者達からすれば、その価値観に発狂してしまうだろう。「性愛」こそが生きるために不可欠な事項であると、私は定義する。ならばお前は出来ているのかと問われれば、答えは難しい。

 

性交に対して、医学的根拠を求めるのか。精神科の問題か。倫理学か。宗教か。

アメリカでは優秀な精子と卵子を組み合わせてエリートを創っているという噂を聞いたことがある。ならば経済学か。

選民思想は法律から成っている。では正しい性交のやり方などあるのか。本当の人の愛し方を学問的に研究していることに頼るのか。学問のみを信じて良いのか。

では、文化はどうなるのか。

そのような根本的な問いに頭を悩ませる。また次回。

 

執筆者プロフィール

宮田 徹也
宮田 徹也美術批評/研究
1970年横浜生まれ。中学不登校、高校1年生を3回、2年生を3回やって中退。大検合格から自己推薦で和光大学に入学。6年かけて卒業、浪人を経て修士課程入学、普通に修了。街をさ迷い、批評活動を開始。専門学校、予備校の講師、大学の非常勤勤務。小さな新聞や雑誌、美術展のパンフレットなどに執筆。敗戦後日本前衛美術、ダンス、舞踏、音楽、デザイン、映像、文学、哲学、批評、研究、思想を交錯しながら文化の【現在】を探る。